カテゴリー「日記・コラム・つぶやき」の記事

最近のティガ(猫)

ほぼ3年ぶりに猫のはなしです。ってか、記事上げるのがそもそも1年4箇月ぶりですが。
わが家の大猫、ルートヴィヒ2世ことティガは體長(頭から尻尾の附け根まで)70センチメートル近くに見事に成長しましたが、昔ほどは人懐こくはなくなったやうです。
以前は人が來ると妻が抱いて出たことが多かったやうなのですが、最近はさういふことも少なくなったやうです。ま、抱くと重いせいもありますが。
ただ、先々月、ダスキンのお姉さん(參照)が來たときにひさしぶりに抱いて出たさうです。そのときにお姉さんに「わー、かっこよくなったねー。」と言はれたさうです。その日、私が歸宅すると妻が有頂天でその話をくりかへし、「もう名前も『かっこいい子ちゃん』にしちゃはうか。」とかうわ言を言ってをりました。
また、ダスキンのお姉さんが先月來たときには「私も仕事柄あちこちで猫を見ますけど、お世辭ぢゃなくこんなかっこいい猫、いませんよ。」と言ってくれたとか。まあ、からだが大きく、長毛がたてがみのやうで、キジトラ特有の精悍な貌をしてゐますからね。
それは良いのですが、妻はお姉さんに「ティガがかっこいいってお姉さんに言はれたって夫に言ったら大はしゃぎだった。」と言ったとか。大はしゃぎだったのはあんたでせうが。
さう言ったら「あなただって『かはいい猫はいっぱいゐても、かっこいい猫はさうはゐないからな。』とか言ってたぢゃないの。」とか言はれましたが、はしゃいぢゃゐませんよ。わが子がかっこいいとほめられてうれしくない親がどこにゐますかって話です。

ところで、私の毎日の朝食後の齒みがきのとき、ティガは大抵私のまはりをうろうろしてゐます。齒みがきが終はって着替えを取りに行くとついてくるのですが、その後着替えを持って戻らうとすると、このごろ私の脚に攻撃をしてくることが多くなりました。單にぢゃれついてゐるのではなく、爪を出してゐて明確に妨碍の意図があるやうです。
何なんでせうね。私の毎日のルーティンを見てゐて、かうやって出かけると夜まで歸ってこないことを理解してゐて、「パパ、行かないで。」とうったへてゐるのでせうか。
朝のこのとき以外はこんな行動は取らないので、さうとしか考へられないのですが。
おかげで今朝も出血沙汰でした。

朝日新聞の記者は引き算もできないのか

5月19日附朝日新聞東京本社版夕刊に「(京ものがたり)名取裕子、愛犬が眠る西寿寺 サクラの下で、ずっとそばに」といふ特輯記事がのってゐる。(村瀬伸也の署名つき記事)
その名取裕子さんの愛犬についてこのやうに書いてある。

 37歳の誕生日、ドラマのスタッフからもらった。(中略)
 別れは2012年6月。撮影で出かけている間に、預けていた動物病院で旅立った。16歳だった。(後略)

この記事に添へられてゐる名取さんのプロフィールにはかうある。

1957年、神奈川県横須賀市出身。(後略)

1957年生まれの人の37歳の誕生日といふと、1994年ですよね。愛犬が亡くなったのが2012年。2012-1994=18。
あれ、もらったのが生まれたばかりの仔犬だったとしても、18歳のはずですね。Wikipediaによると名取さんの誕生日は8月18日とのことなので、17歳9箇月と何日かの可能性はなくもありませんが、いづれにしろ16歳のはずはありません。
朝日新聞の記者さんは皆、一流大學御出身と思ってゐましたが、小學校低學年なみの引き算もできないのでせうか。
また、毎度申し上げることではありますが、記事になるまでにデスクや校閲など、何人もの人が目を通してゐるはずなのですが、だれも氣がつかなかったのでせうか。
まったくお粗末なお話です。

天聲人語の粗雜なくくりかた

本日附の朝日新聞天聲人語はドローンについてのはなしだが、次のやうに書きおこしてゐる。

古代ギリシャの大詩人アイスキュロスは変わった最期を遂げたらしい。

そして後半に次のごとき文がある。

冒頭の西洋文人のつながりで言えば(後略)

アイスキュロスとシェークスピアでは二千年もはなれた時代の人ではないか。これを西洋文人つながりといふことばでくくってしまってよいのか。おなじ古代ギリシャの文人をひくのならともかく。
逆の立場で考へてみよう。イギリス人に孔子のはなしにつづいて、同じ東洋の文人世阿彌によると、とか書かれたら、違和感ありまくりだらう。
朝日新聞では天聲人語の書き冩しを薦めてゐるが、こんな粗雜な文章を書き冩してどんなメリットがあるのか、わたしには理解不能である。

それ、「マルチ商法」ぢゃないでせう

4月23日附朝日新聞東京本社版夕刊に「(一語一会)タレント・壇蜜さん 母からの言葉」といふ特輯記事がのってゐる。
その中にこのやうな記述がある。

 東京都内の実家近く、ビルの1階に見慣れない店ができていた。通りがかりの人に無料でパンを配っていて、母や祖母も何度かもらった。なかをのぞくと、多くのお年寄りが話に聴き入っていた。3、4カ月後、店は突然なくなった。高額な布団や健康食品を売りつけるマルチ商法だと、後で知る。

それ、マルチ商法ぢゃないでせう。マルチ商法の定義はいろいろあるやうだが、基本的には連鎖販賣取引およびそれに類するもの、である。英語のMulti-Level Marketingが語源で、販賣組織にピラミッド型のヒエラルキーを形成し、上位者は下位者の販賣實績の一部をコミッションとして得ることができるやうな形態をとってゐる。ものの販賣を介したねずみ講のやうなものだ。
この記事の販賣形態はどう見てもマルチレベルな販賣形態ではない。かういふ無料もしくは格安物品で客を釣り、亢奮・催眠状態におとしいれ、高額かつ割高な物を賣りつけるのは、催眠商法、もしくはSF商法(新製品普及会といふ業者名に由來する)といふ。
この記事を書いた中島秀憲記者はマルチ商法とは惡徳商法の別名だとでも思ってゐるのではないか。新聞記者としてあまりに無知、不勉強である。
おそらくは文化部の記者だらうから、かういふ社會面的知識が貧弱だったのだらうが、それがそのまま紙面にのってしまふといふのはまったくもっていただけない。毎度のことながら、デスクや校正擔當はまともに仕事をしてゐるのか疑念に耐へない。

阪大さん、嘘をついちゃいけません

4月26日附の讀賣新聞に特別面として大阪大學の記事廣告が出てゐる。(東京本社版27面)
上段三分の二ほどが創藥研究關係のシンポジウム關聯記事。下段三分の一ほどが辭書ふうの阪大の紹介廣告。
その一番はしに「歴史」として以下の記述。「第6番目の帝国大学として1931年に創設。(以下略)」
え?第6番目の帝國大學は京城帝國大學でせう。7番目は臺北帝國大學。大阪帝國大學は8番目の帝國大學ですよ。阪大では京城、臺北の兩帝國大學はなかったことになってゐるのですか。堂々と歴史を僞造してはいけません。

平塚らいてう生誕43周年?

今朝、googleにアクセスしたら、トップページの繪は「青鞜」を讀む婦人の圖。カーソルを重ねてみると「平塚らいてう生誕43周年」とな。
なんで平塚らいてうが43歳なんだ。なにを勘違ひしたのかとWikipediaをひらけば

誕生 1886年2月10日
東京府麹町区三番町
死没 1971年5月24日(満85歳没)

ありゃりゃ。誕生日はあってゐるけど、生年と沒年をまちがへましたね。
それにしても生誕43周年って、googleの中の人はだれもヘンだと思はなかったのかなあ。

東京一極集中はいつからだ

讀賣新聞1月19日の編集手帳にこんな記述がある。

歴史を顧みれば、慶長19年(1614年)の冬の陣と翌年の夏の陣で、世の中心が江戸に移って以降、東京一極集中が続く。

編集手帳子はいったいどんな歴史をかへりみたんだらう。
たしかに豐臣氏の滅亡以降、政治の中心は江戸に移った。しかし江戸時代を通じて大坂は「諸國之臺所」といはれた經濟の中心地であり續けた。藏屋敷が建ち竝び、堂島の米會所は活況を呈した。また、寛永文化や元祿文化は上方を中心にさかへたのである。
江戸時代も後期の化政文化は江戸が中心であったと言ってもよいが、それでも地歌・筝曲は上方が中心であった。江戸後期の文藝でも與謝蕪村や上田秋成など、上方で活躍した人士は少なくない。
また、蘭學の中心地は江戸よりもむしろ長崎であった。それゆゑに前野良澤、大槻玄澤をはじめ多くの蘭學者が長崎に遊學してゐるのである。また、適塾の存在をかんがへれば、大坂の蘭學のレベルも輕視はできない。
そもそも江戸時代は封建時代である。封建制度とは封土によって建つ制度であり、すなはち地方分權的制度だ。もっとも日本の江戸時代といふのは世界史的にも珍しい、中央集權的な側面をもった封建制度ではあるが、それにしても東京(江戸)一極集中とは言ひがたい。
「下らない」といふことばがある。これは酒をはじめとする文物は上方のものが至上であり、江戸では上方から下ってきたものを「下りもの」といって尊び、さうでないもの(江戸地産のものなど)を「下らないもの」といったためと言はれてゐる。これのどこが一極集中だといふのだらう。
政治にしても、幕末は江戸よりもむしろ京都の方がある種、中心地の樣相を呈してゐた。決して「冬の陣と翌年の夏の陣で、世の中心が江戸に移って以降、東京一極集中が続」いたわけではないのである。
では東京一極集中がはじまったのはいつごろからだらうか。明治維新がひとつのきっかけであったことはたしかだらう。だが、それ以降も大阪は纖維を中心とする輕工業の中心地として「東洋のマンチェスター」などと呼ばれてゐる。
私は他地域についての知見はあまりないのだが、こと大阪に關して言へば、その地盤沈下がいちじるしくなったのは戰後、特に高度成長期以降ではないのか。空襲で工場、商業地區、港灣施設、その他重要設備が灰燼に歸し、高度成長によって日本の工業の比重が輕工業から重工業にうつったことが大阪の經濟的な地位低下につながった。
どちらにしろ、東京一極集中などと言へる傾向はここ數十年、かなり擴大解釋しても明治以降の百數十年のものであらう。
それを江戸時代初期から續いてきたやうに書くのはあまりに不勉強である。世界最大の新聞の看板コラムがこれでは、ちょっとなさけない。

高さうな猫

先だってよりときどき觸れてゐる我が家のニューフェース猫、ティガ(もうティガでいいです)ですが、すっかり大きくなりました。まだ生後8箇月にもなってゐないはずですが、すでに標準的な猫のサイズをこえてゐます。頭から尻尾の附け根まででだいたい50センチぐらゐありさうです。體重は最近はかってゐないけど、多分、5キロはこえたんぢゃないかな。
ティガは前に書いたとほり、生まれてすぐに捨てられた捨て猫出身で、當然ながら雜種(MIX)です。首のまはりにたてがみのやうな毛があり、尻尾やおなかもふさふさで、少なくとも半分は長毛種がかかってゐるやうです。我が家では、母猫はメインクーンあたりではないか、飼ひ主が避姙せずにゐたらどこかの牡猫の仔を産んでしまって、こまって捨てたのではないか、と想像してゐます。
ところでうちはマンションなのですが、妻は新聞を取りに行くときにいつもティガを抱いて行ってゐるやうです。ティガがおんもに興味があるから、といふのはたてまへで、見せびらかしたいのが本音のやうです。
昨日もティガを抱いて新聞を取りに行ったら、エレベーターである御夫婦と一緒になったさうです。するとティガを見た御主人が「あ、ニャンニャン」と言ったとか。もちろんいい大人なのにですよ。この御夫婦も猫を飼ってゐるとか。「やっぱり猫好きはどっかをかしい。」と妻の言。言ふまでもなく我々をふくめてのことですが。
そのうへ奧さんは「まあ、高さうな猫」とおっしゃったとか。
抱きかかへてゐるので長毛がより強調されてゴージャスに見えたのかもしれません。さすがは神聖キジトラ帝國皇帝ですね。それにしても高さうな猫、といふのはなかなかユニークな表現でした。「高さうに見えまっしゃろ。これ、捨て猫をもろて來たんで、タダでんねん。」と答へればよかったのに、などと笑ったのでした。

大學院の「擔當教諭」とはなんぢゃらほい

朝日新聞東京本社版の7月25日附朝刊教育面に「のれんの奥に文化あり 一橋大学大学院 宿題『1人居酒屋』」といふ記事(仲村和代記者)が載ってゐた。その中にこのやうな表現があった。

担当教諭は、米国出身のマイク・モラスキー教授(56)。

擔當教諭?教諭といふのは幼稚園、小學校、中學校、高等學校、中等教育學校、特別支援學校といった初等中等教育の學校の正規教員の職位の稱のはずだ。大學院の擔當教諭といふ表現ははじめて見た。「擔當教授は、米國出身のマイク・モラスキー教授」では重複表現になるから避けようとしたのだらうか。
しかしそれなら「擔當教授は、米國出身のマイク・モラスキーさん」とか「擔當教員は、米國出身のマイク・モラスキー教授」とか書けばよい。かりにも大學院の教員を教諭とは、書いてゐて違和感がなかったのだらうか。
粗忽亭は大學院に關する記事の中に「教諭」といふ文字を見出した刹那、強烈な違和感をおぼえたのだが、執筆者のみならずデスクもなんとも感じなかったのか。
こんな日本語もどきを載せる新聞社が「語彙・讀解力檢定」なるものをやってゐるのだから、圖々しいにもほどがあるといふものだ。

仔猫の近況

前々エントリに書いたティーガ(もうあきらめてティガって呼んでゐますが)ことルートヴィヒ2世ですが、順調にそだってゐます。もらってきたときは600グラムほどだったのが、1箇月で1350グラムになりました。成長のはやいこと。なにしろ食欲も旺盛で、われわれが食事をしてゐても寄ってきておかずに手を出さうとします。人間用の味附けは猫には鹽分などが多すぎて健康に良くないので、取られないやうにするのに大變です。
ティーガをもらってきた數日後に、鰹の刺身をサーヤにやろうとすると、まだ生後2箇月にもなってゐないぐらゐなのに横取りして食べてゐました。以前書いたとほり先代のルーは自分は一切れだけ食べるとまずサーヤにゆづってやるやさしい猫でしたが、なにぶんティーガはまだ子供なので、遠慮なしです。サーヤの神經を逆なでしてゐます。
とは言へサーヤも最近慣れてきたやうで、以前のやうにすねて隱れ家にこもりっぱなし、といふことはなくなりました。一応同居者としては認めるやうになったのかな。でもティーガはサーヤお姉ちゃんに興味津々で、「お姉ちゃん遊ぼ、遊ぼ」と散々ちょっかいを出します。といふか、ほとんど喧嘩を賣るやうに手を出してゐます。サーヤはもう中年なので、仔猫にまとはりつかれたりちょっかいを出されたりするのが欝陶しくてたまらないやうで、身を避けたり、威嚇したりと大變です。漫畫ならこめかみあたりに青筋が浮いてピクピクしてゐるやうな状態でせうか。
でまあ、人間へのぢゃれつきも繼續中。夫婦そろって腕は傷だらけです。
レジ袋だらうが紙くずだらうが見るものすべてに興味をもち、ひとりで大暴れしてゐます。なんにでも全力でぢゃれるので、おもちゃを買ってやる必要はなささうです。
とにかくやんちゃ。といふよりゴンタ。子供のころから何十匹と猫にかかはってきた妻もこれほどのゴンタはちょっと記憶にないと言ってゐます。あまりにゴンタなので、仔猫を46匹集めて權太坂46といふアイドルグループをつくったらどうだらうか。撫でにいけるアイドルってコンセプトで。CDに抱っこ劵をつけて賣ればもうかるかもしれない、と妄想してゐます。ただし引っ掻かれても自己責任でおねがひします。
最近はカーテンをのぼることが多くなって困ってゐます。オーダーの遮光カーテンがぼろぼろになってしまひました。6年半使ってゐるから、そろそろ元はとれてゐるのでせうが。ただ、東向きの部屋なので、遮光カーテンがないと朝はまぶしくてあつくてたまりませんので、引きちぎられたりしたらえらいこっちゃなのです。
その對策も兼ねてキャットタワーを買ってやりました。大いに氣に入ったらしく、一日目から一番高いところにあるベッドを占據してゐます。これでカーテンに登らなくなればよいのですが。サーヤは大人猫のプライドか、それともティーガが欝陶しいためか、とりあへずまだキャットタワーには登らうとはしません。いつかは登ってみたりするのでせうか。
ところで一週間ほどまへ、妻がティーガのワクチン接種に動物病院につれて行ったら、スタッフのお姉さんたちに「大きなおてて」と言はれたさうです。數日前にはダスキンのお姉さんにも言はれたとか。たしかに仔猫のくせに手はもうサーヤよりも大きいかもしれません。これはひょっとすると先代のルー(ルートヴィヒ1世)よりも大きくなるかもしれません。見た人がみんなおどろくぐらゐ大きくなるといいなあ。仔猫の今もかはいいけど、そんな日が樂しみでもあります。

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