カテゴリー「書籍・雑誌」の記事

フィクションかノンフィクションかはっきりさせといてください

まづはリンク先を讀んでみてください。朝日新聞の讀書面にのった野口武彦著「幕末不戦派軍記」の書評です。評者は香山リカさん。
これを讀んで、どういふ構成の本だと思ひました?私は「お気楽な幕臣4人組」の日記を、解説をまじへて紹介する本だと思ひました。さう、丁度「元禄御畳奉行の日記」のやうな。江戸時代大好き、史料大好きな私は早速買ってみました。
目次にはかうあります。「発端 長州戦争の巻」「彰義隊の巻」「日光の巻」「奥羽朝廷の巻」「蝦夷共和国の巻」「あとがき」。
そのあとがきの冒頭。

 この一冊で活躍する(中略)四人組は、幕末の史料から抜け出してきて、フィクションの世界に漂い出た男たちである。

ええええええー!フィクションだったんですか!
あとの方にこの本の「成り立ちと構成」が書いてあるので、とびとびにひきます。

 右の『在京在阪中日記』にもとづいて最初に書いた歴史ドキュメンタリーが「幕末の遊兵隊」(『幕末気分』所収)である。(中略)この日記は将軍(引用者註 十四代将軍家茂)薨去のあたりで尻切れトンボに終っている。こんな連中が戦場に送り出されたらどうなるか。その後の運命を断片的な史料と想像力で補い、フィクションの形で鳥羽伏見の戦いに参加させたのが「幕末不戦派軍記」(『幕末伝説』所収)である。(中略)
 その続編がどうしても書きたくなって、四人を次々と維新戦乱の現場に投入した。(中略)
 単行本にまとめるに当たって、出発点になった「幕末の遊兵隊」をノベライズし、「発端 長州戦争の巻」と題して巻頭に据えた。『在京在阪中日記』では事実不明だが、四人組が長州戦争の前線に行ったという設定から物語が始発する。全五章はすべて史実を材料にしたフィクションである。(後略)

つまり、一種の歴史小説、てことですね。しかも、その日記がベースになってゐるのはせいぜい「発端 長州戦争の巻」の中ごろまで、といふことになりませうか。
小説に興味のない私としては「だったら買はなかったのになあ。」と言はざるをえません。香山さん、フィクションをノンフィクション、あるいはドキュメントのやうに紹介するのはやめてください。
あ、あわててつけくはへますが、この本自體は「史実を材料にし」てゐますし、多くの史料が出典を明記したうへで引用されてゐますので、けっして荒唐無稽なものではありません。幕末の一斷面を、その雰圍氣を知る、といふ面では有益な本だと思ひます。ただ私のニーズとはちがってゐた、といふだけで。
ついでなんで、海舟ファンの私から香山さんに憎まれ口を一つ。「勝海舟に至っては口も人もなかなか悪かった」なんて常識ぢゃありませんか。それは幕末も維新後もかはりませんよ。德川家達(十六代)を「三位」と呼び捨てにしてゐたやうな人ですよ。そもそも人がわるくなければ、幕末のあの状況の中で薩長とわたりあって德川家と慶喜をまもりぬくことができるわけありませんよ。海舟の魅力はその人のわるさにもあるんですよ。
といふわけで、わるい本ぢゃないのに「だまされたー」といふ氣になってしまった微妙な買ひ物でした。

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なんだか悲しいなあ

高島俊男先生の『天下之記者―「奇人」山田一郎とその時代』を買った。東京大學を卒業して文學士になり、東京專門學校(いまの早稻田大學)の創立に參畫し、「政治の早稻田」をつくりながら、竒人としての生涯をまったうした男。東大の同級生たちはみな出世し、高給取りになり、お屋敷に住んで女中や書生を大勢かかへるやうになってゐるのに、家もなく、全國を放浪してフリーの記者として一生を終へた、東大卒で一番出世しなかった男の哀しき一代記だ。なほ、ここでいふ東京大學とは新制の東京大學ではもちろんない。東京大學になるまへの東京帝國大學になるまへの帝國大學になるまへの東京大學だ。あまり知られてゐないが、この學校は明治10年4月から明治19年3月まで「東京大學」といふ名前だったのだ。
いまこの本をぢっくり讀んでゐるひまはちょっとないのだけれど、それでも氣になるのでパラパラとめくってゐると、いろいろおもしろいことが書いてある。たとへば「文學士」について。これはもちろん山田一郞が文學部を卒業したためだが、いまの「文學士」(平成3年7月1日以降授與分は「學士(文學)」のごとくになってゐるさうだが)とは相當ちがふ。當時の文學部は事實上政治經濟學部であった、といふやうなことが書いてある。
また、學士の地位の高さも今とはくらべものにならない。なにしろ明治30年まで日本には大學はひとつしかなかったのだし、またその規摸も「東京大學」の時代は寺子屋に毛がはえた程度の大きさでしかない。そんなところを卒業した人といふのはまさにエリート中のエリートだったのだ。
さて、はなしはかはるが、私は以前からディプロマミル(ディグリーミル)に關心をもってゐる。え、ディプロマミルなんて聞いたことない?「UNIVERSITY DIPLOMA」なんて件名の英文SPAMがとどいたことありません?あれがさうです。ひとことで言ふとカネで學位(らしきもの)を賣るインチキ大學のことです。
そんなわけで「学歴汚染(ディプロマミル・ディグリーミル=米国型学位商法による被害、弊害)」といふブログをいつも讀んでゐるのだが、その最新エントリ「大学教授の博士号取得率とPh.D取得率の違いの意味:東大経済学部vs中京大学経済学部」を讀んでちょっと考へてしまった。これ、つきつめて言へばハーバード大學やスタンフォード大學をはじめ、合衆國などの一流大學のPh.Dにくらべれば、東大だらうが京大だらうが國内の大學の博士號は二流、といふことになってしまふ。
私は大學敎育とかアカデミズムとかとはかかはりのない人間なので、それが正しいのかどうかはわからない。しかし、東大の敎員の多くが國内の大學の博士號ではなく、海外のPh.Dをもってゐる、といふのは事實だらう。だとすると、東大の博士號取得者であってももはやエリート中のエリートとは呼びがたい、といふことになってしまふ。明治前期の學士にくらべて國内博士號の價値の薄さよ。海外のPh.Dよりはるかにおとるやうに言はれてしまふなんて、なんか悲しいなあ。

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大わらひした誤植

今日の朝刊にのってゐた「SAPIO」の廣告から。

<引用ここから>
SIMULATION REPORT「1バレル=120円」「1ドル=80円」時代への備えは万全か 世界を揺るがす「石油と金(きん)の経済学」
<引用ここまで>

どんな安い原油やねん!

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市議會議員選擧と國會議員選擧のちがひ

2週間ほどまえに八戸市の藤川優里市議が美人すぎると話題になりました。あんまり話題になりすぎて當人のサイトがサーバーダウンしたりしたとかいふ話もありました。ええ、もちろん私も見に行きましたとも。美女と美少女と眼鏡っ娘がきらいな男子なんかゐません
たしかに女優なみの美人で、しかもそれを十分意識したサイトづくり。バナーなど、各種の寫眞がアイドル寫眞みたいで見どころ(笑ひどころ?)いっぱいでした。
さて、昨日發賣された週刊ポストに藤川市議がらみの記事がのってゐました。コンビニでざっと立ち讀みしたんですが、はやくも自民黨から國政選擧に擁立しようとのうごきもあるとのこと。まあ、週刊誌の記事ですから、どこまで本當かはわかりませんが、たしかに話題性はたっぷり、市議選でも2位にほとんどダブルスコアでのトップ當選ですからね。
しかし、國政選擧に出ても、さう簡單に當選できるかどうかはわからないと思ひます。といふのは、たとへば私が八戸市民でしたら、市議選ならほぼ確實に藤川さんに投票してゐるんぢやないかと思ふんですよ。だって市議選つて、政令指定都市とかは別にして、普通全市1區でせう。この昨年4月の八戸市議選でも定數36名に47名が立候補したさうです。47人の名前がずらーとならぶ中で、この中から一人市議にふさはしいのをえらべ、といはれたってえらびやうがない。それぢゃあ、とりあへず美人さんに入れようかと思ふのは人情といふものです。その人がよほど竒矯な公約をかかげてゐるとか、ヘンなうはさがあるとかでないかぎり。
でも國政選擧だとさうはいかない。數人の候補の中からじっくりえらべます。主義主張や公約や所屬政黨を勘案して。さうなると、話題性や美人であることのアドバンテージはあるでせうが、市議選のやうに絶對有利、といふやうなことはないと思ひます。
え、參議院の比例代表にたてれば市議選と似たやうなもの?うーん、たしかにさうですが。つぎの參議院選擧は2年半も先ですよ。衆議院總選擧なら、來年9月までにはかならずあるけど。

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盜人猛々しい

例の唐沢(盜用)俊一さんの盜用騷動について、「社会派くんがゆく!復活編」に「『新・UFO入門』事件顛末記」といふタイトルで公式最終聲明?がのったやうです。内容については
藤岡真さんの「机上の彷徨」(時間がたつとリンク先がかはります。その場合は「次へ」をクリックして探してください。)
2ちゃんねるへの轉載その1 同その2(遠からず過去スレに入ってしまひます。)
をご參照ください。
まあ、一言で言って、盜人猛々しい、ですね。泥棒が被害者の被害の主張をいちゃもん呼ばはりしてゐるとしか言ひやうがない。知らない人がこれだけ讀んだら、漫棚通信さん(被害者)が法外な慰藉料を恐喝した、と解釋してしまふでせう。漫棚さんは慰藉料はいらない、と言ったのに。
唐沢(盜用)さんが書いてゐる經緯も多くのうそがふくまれてゐる。いちいち指摘しないけど、興味のある方は「ネット上の文章の盗用問題:『新・UFO入門 日本人は、なぜUFOを見なくなったのか』(唐沢俊一著)を巡って」「唐沢俊一 まとめwiki」「漫棚通信ブログ版 これは盗作とちゃうんかいっ・決裂篇」等をお讀みください。
ほかにも唐沢(盜用)さんの一行知識のいいかげんさも次々檢證されてゐます。(「トンデモない一行知識の世界」參照)
このほかにもパクリ疑惑がいっぱい。もう、物書きとしての矜持とかさういふものは一切ないんでせうね。
一時期とはいへ、かういふ人の讀者であったことがはづかしい。自分の不明をはぢるばかりだ。
ねえ、唐沢(盜用)さん、もうおやめなさいよ。見てゐるこっちがつらくなりますよ。私も讀者だったんだしさ。あなたのひねくれた(これはほめ言葉)ものの見方、おもしろいものを見つける嗅覺までは否定しませんから。だからいままでのうそやはったりや盜用を全部懺悔して出なほしたらどうですか。このままだと本當にだれからも相手にされなくなってしまひますよ。

附記
漫棚通信さんからの反論、といふか、批判といふかが出されてゐます。さすがは御當人、わかりやすい内容になってゐますので、あはせてお讀みください。
おまけに漫棚さん以上に唐沢(盜用)さんからパクられつづけてきた知泉さんの怒りの文章

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ミスリード

知ってゐる人はあまり多くないだらうが、「時評」といふ月刊誌がある。官庁ニュース、といふサブタイトルのついた雜誌だ。
この雜誌に「菜々子の一刀両断!ってわけにはいかないが…」といふ連載がある。執筆者は総合社会政策研究所 寺内香澄さん。小料理屋をいとなんでゐる奈々子さんといふ女性に假託して時事批評、といったおもむきの連載だ。
12月號は「第48夜 新米議員の嘆き」。一言でいへば、地方議會議員の「議員報酬」「費用辨償」「政務調査費」の三重取りを批判した内容、といってよからう。そのうち、政務調査費について書いた部分。

〈引用ここから〉
(政務調査費は)大きな府県では(中略)年間六〇〇万円。(中略)議員さんが勉強するための費用だろうが、ほんとうにこんなにかけているのだろうか。(中略)
 次に大きいのは書籍資料の購入だろうか。これも知り合いの大学教授に聞いてみた。(中略)文科系の大学の場合、研究費は大きくないのだそうだ。(中略)
「僕たちはその一〇分の一もありませんよ。でも、それでも使い残しています。だって少々高い本でも一冊の単価は三千円。能力的に年間一〇〇冊も読めません。三千円に一〇〇を掛け合わせてごらんなさい。三〇万円ですよ」(後略)
〈引用ここまで〉

地方議會議員の政務調査費といふのが非常識に高額であるといふ趣旨には反對しない。それにしてもこの大學敎授のはなし、といふのは不自然ではなからうか。一般向けの本でも3,000圓ぐらゐの本はそんなにめづらしくない。學者どころか、大學院すら出てゐない粗忽亭でさへ、そのぐらゐの値段の本はときどき買ふ。學術書、專門書となれば、もっと高い本はいくらでもある。部數の見込めない分野の本なら萬をこえるのはあたりまへ。資料集のたぐひになると十萬をこえる本だっていくらでもある。場合によっては、高價な古書を買はなければならないこともあるだらう。しかも本を讀むのが商賣、とでもいふべき文科系の大學敎授が年間100册も讀めないって、本當だらうか。一般の勤め人が趣味で本を讀んでゐるのとはちがふのだ。その本の一部が必要な場合もあらう。さういふことをふくめたら、1日に1册や2册讀んでゐてもをかしくはないと思ふが。(研究者のかた、小文をお讀みでしたらコメントください)
自説の主張の補強のため、いい加減な數字をでっち上げるのはちょつとなあ、と思ったことであります。

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「坊っちゃん」とメイドさん

高島俊男先生の近著に「座右の名文 ぼくの好きな十人の名文家」(文春新書)といふのがある。この十人のうちの一人が夏目漱石だ。この本の漱石の項の副題は“『坊っちやん』は「探偵・恋愛小説である」”といふものだ。
探偵小説である、といふことについては措くとして、戀愛小説である、といふことについてのべたい。
高島先生は、「坊っちやん」は坊っちゃん(主人公)と淸との、「戀愛」小説だ、「戀愛」小説といふのが不適當なら、「愛」の物語だ、といふ。
ご存じだとは思ふが、「淸」といふのは坊っちゃんのうちに長く仕へてゐる下女の老婆だ。坊っちゃんが子どものころから、たいへんかはいがってくれてをり、坊っちゃんも淸を好いてゐる。そもそも“坊っちやん”といふタイトルは、淸が主人公をさう呼んでゐることによる。ちなみに主人公の名前は作中には一度も出てこない。一人稱體の小説だから、地の文では「おれ」、淸のことば乃至手紙では「坊っちやん」となってゐる。
さて、どこがどう「愛」の物語なのかは割愛するので、興味のある人は「座右の名文」を讀んでいただくとして、高島先生は坊っちゃんと淸の關係を次のやうに書いてゐる。

(引用ここから)
清は、神のごとき存在である、とぼくは感じる。
坊っちゃんが大すきで、ありのまま、なんの注文もつけずにそっくりうけいれてくれる。しかもこの神は坊っちゃんにとって目下の神だ。清は坊っちゃんのうちの下女であり、清にとって坊っちゃんは「坊っちやん」、すなわち「仕えている家のご子息」であり、つまりは主人である。(中略)坊っちゃんは清の主人だが、坊っちゃんにとって清は神さまである、目下の女神である、とそういうことになる。(中略)けっして自分を責めたりせずにまるごと認めてうけいれてくれる理想の女性、あるいは女神としての女。(後略)
(引用ここまで)

この關係、なにかに似てゐないだらうか。さう、エロゲなどの「メイドさん」だ。主人公(プレーヤー)が大すきで、まるごと認めてうけいれてくれる女神のごとき目下の存在。
もちろん淸は老婆なので、直接的に戀愛、としてはゑがかれてゐない。せいぜいアナロジーである。しかし、構圖はまったくおなじといへる。といふことは、漱石がいまの人であったなら、メイドエロゲをつくったり、それにはまったりしてゐたかもしれない。

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4月26日 MINGA meets カルメン・マキ at CHACHA HOUSE およびこの日買った本3冊

午後、社外で会議。終了時刻は帰社するには遅いし、そのままライブに出かけるには早いという中途半端な時間。
「風雲児たち 幕末編」の9巻の発売日なので、時間つぶしをかねてB書店K店にいってみる。この本屋はビジネス街の本屋にしては品ぞろえがいいのだが、数年前に店舗面積が半減してしまったので、どうかなあ、と不安をいだきつつ、漫画コーナーでさがす。既刊は何点かあったが、9巻は見あたらず。やはり発売当日には入らないか、と思ったら、レジ前に平積みされていた。一昨年の手塚治虫文化賞特別賞受賞以来、メジャーになったものだ。かつて(幕末編になるまえ)新刊が出るたびにあちこちさがしまわったのがうそのよう。あのころはamazonもなかったしで大変だったんだから。
このほかに吉田孝「歴史の中の天皇」(岩波新書)、小田部雄次「華族」(中公新書)を買う。歴史関連ばかりだ。いかにも粗忽亭らしい。
「風雲児たち」はますます佳境に入り、大変おもしろい。ただ、海防掛の大久保一翁について、徒頭という低い身分から抜擢された、というふうに書いてあるのは疑問。徒頭は役高千石の布衣役であり、決して低い身分、役職ではない。徒は御家人役であり、下級武士と言ってさしつかえないが、徒頭は旗本、それも両番筋の者がつく役職で、むしろ出世コースというべき役職だ。徒から昇進する徒組頭と混同しているのではないか。
あと、下曽根金三郎を古式砲術家、というのもいかがか。江川太郎左衛門にはおよばずとも、かりにも高島秋帆門下であり、免許皆伝を受けている以上、洋式砲術家というべきであろう。ちなみに下曽根金三郎も尚歯会のメンバーだったらしい。
「歴史の中の天皇」は、太古から現代まで、天皇の存在、位置づけがどのように変化したのかが整理できて参考になる。著者の専門(古代史)以外の部分もひとりで書いたものだが、専門書ではない一般教養書なので、不足はあまり感じない。
「華族」は華族制度の概説や、草創期の解説部分などは浅見雅男の「華族誕生」のひきうつしに近いような感じも受けた(勿論参考文献にはのっている)が、巻末の全受爵者の一覧などは圧巻。そしてそれ以上にいわゆる朝鮮貴族にもふれているのは類書にあまりみられないものであり、おもしろい。
ただし、公家の家格の解説などは、まちがいとまではいえないものの、意をつくしていない感がある。あの書き方では羽林家や名家はどの家も権大納言まで昇進できるように読めてしまう。極官がもっと低い家もあるのだ。それにおなじ表の中に「大納言」と「権大納言」が同居しているのもいただけない。江戸時代には権のつかない大納言は存在しない(つまり権大納言=大納言といってさしつかえない)のだから、表記を統一しないと混乱する。
(以上、本の内容については、当然ながら後日読んだものである)

本を買い、夕食をとったのち、吉祥寺へ。CHACHA HOUSEはSOMETIMEの姉妹店で、もともとは西洋乞食という名前のレストランだったものが3月からライブハウスになったらしい。駅からすこし離れており、19時45分開演予定のところ、19時37分ごろとぎりぎりの到着になってしまった。しゃれた雰囲気の、結構大きい店。
席は店員が案内する方式で、はじめ2階(正確には地下1階)に連れて行かれたが、タバコについて聞かれ、吸わないと答えると下の階(1階、正確には地下2階)に禁煙席がある、というのでそちらにしようかと思ったが、2階にSさんがいたので、そのとなりに座ることにした。
19時50分、MINGAが登場。今日のメンバーは早坂紗知、永田利樹、新沢健一郎、コスマス・カピッツァ。「ベンゴ」をやって、メンバー紹介。「今日は自分の中ではジプシーナイト。」と早坂。つづいて「イエロー・モンク」。
ここからカルメン・マキが加わって、「トリックスター」、「マンデー・ブルー・ソング」。あと1曲(曲名?)。ここまでが1st set。20時35分ごろ。
1st setはあまり客が入っていなかったのだが、休憩中に結構入ってくる。レストランだったころのなごりで、開演時間にかかわらず来店する客が多いのだろうか。2nd set開始時にはそこそこの入りになっていた。
2nd setは21時45分から。全員で1曲(曲名?)。つづいてMINGAのみで「Ghost on the Crave」、「Lucifer's Bebop」と永田の曲を2曲。
マキがくわわって、「The Water is Wide」、曲名?の2曲。マキ退場して、ラストの「キンバラ」。コーラスの部分でマキ再登場してくわわる。22時37分。
アンコールはMINGAで「Cai Dentro」と「Peace Warriors」。マキもくわわって「Summer Time」で終了。22時57分。
マキさんは何度かMINGAを聴きにきているそうで、そのためか初共演とは思えない息の合い方。決して歌手と伴奏ではなく、全体でひとつの世界を作っている。MINGAのファンにもマキさんのファンにもエキサイティングな内容だったと思う。今後もときどき一緒にやる予定とのことで、楽しみ。
紗知さんらに挨拶して帰宅。

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蛭児神建(元)著「出家日記」について

めずらしく書評(もどき)です。本はコンスタントに買っているのだけど、積読や拾い読みが多くて、きっちり通読するのは、出版数年後、というのが多いなか、めずらしく旬のうちに読んだので。

20年ぐらい前に「ロリコンブーム」というのがあった。ロリコンといっても、ほとんどはアニメ、漫画が対象で、現実の少女を対象にしたものはまれであった。はやいはなしが現在のエロゲの源流のようなものだ。当時は、今からはとても考えられないような未成年少女のヌード写真集なども出版されていて、結構売れていたらしいが、これの購買層はかならずしも「ロリコン」ではなかったといわれている。当時は陰毛が写っていると手がうしろにまわる時代だった。だが、10歳前後の少女には陰毛がないので、堂々とワレメを写すことができたので、単にワレメを見たい人が多く買っていたらしい。むかしは毛が駄目で少女(幼女)はOK、いまは逆。
さて、そのロリコンブームの中心人物の一人が蛭児神氏。本書のカバー、扉、解説漫画をかいている吾妻ひでお先生の作中に頻出した「変質者」のモデルだ。
その蛭児神氏が、当時のこと、そしてその後いかにして現在の姿である僧侶になったのか、ということが述べられている。
当時のブームの立役者たちと蛭児神氏との付き合いや確執が赤裸々につづられている。「レモンピープル」、「漫画ブリッコ」、「プチパンドラ」等を読んでいた人などには相当興味ぶかい内容だろう。私は「レモンピープル」を吾妻先生が執筆していた号にかぎって買った程度だし、蛭児神氏とはSF大会で一度お目にかかっただけなので、ここに書かれているような、蛭児神氏のわるい噂が流されたようなこと、「シベール」メンバーとの確執などは全然知らなかった。というか、竹内直子氏も愛読していたという「プチパンドラ」の編集を蛭児神氏がしていたことさえ知らなかったし。
それでもこういう生々しい話というのはおもしろい。蛭児神氏の名前を知っている人ならば読んで損はなかろうとおもう。
当時のはなしの中で、自分と対立した「破李拳竜の取り巻き」や「U・T」なる人物の批判がくりかえし出てくる。前書きで「自己の正当化や美化は極力避け、可能な限り赤裸々に書いたつもりである。しかし他人の悪口は、かなりセーブしてある。あの当時、彼らから言われ書かれた大嘘悪口の千分の一も書いていない。」と書いているとおり、意図的にわるく書いたつもりはないのだろう。しかし、そうはいっても一方からの証言ではあるので、それがすべて事実であるかどうかは保証できなかろう。本人の思いこみもなどまじっている可能性は充分にある。
そう私が感じたのは、別の部分であきらかな思いこみがみられるからだ。典型的な例を一つあげると≪新五千円札の肖像が樋口一葉なのも、妙に引っかかる。女流文学者としては明らかに与謝野晶子の方が偉大だが「君死にたまうこと勿れ」などと詩に書いたのが、特攻隊好きの馬鹿首相には気に入らなかったのだろう。≫(58ページ)というところ。
日本銀行券のデザインを決める権限が首相にあるのかどうかは知らないが、与謝野晶子が紙幣の肖像にならない最大の理由は、その孫が現役の政治家だからだ。自民党の与謝野馨代議士がそうだ。与謝野氏は、新五千円札が出た当時の自民党政調会長であり、現内閣府特命担当大臣だ。小泉首相には重用されているのだ。新聞で「小泉改革の司令塔」という表現まであった。与謝野晶子がきらいなら、その孫をこんなに重用するわけはなかろう。念のためにいっておくが、与謝野氏のサイトをみると、同氏は祖父母のことも「君、死にたもうことなかれ」も誇りにしていることがわかる。第一、首相が特攻隊に涙するのは「お国のために死ね」ということではなかろう。
このような余計な記述のため、他の部分の信頼性までうたがわせる結果になるのは残念だ。
ほかにも「トンデモ本の世界」シリーズを≪個人的にはとても面白いと思っている。≫としたうえでだが、≪明らかな狂人が書いた本を、嘲笑うのはどうだろうか?(中略)精神障害者だって本くらい書く権利は有る。それを笑いのネタにするのは(後略)≫(162~163ページ)などというあたりでも首をかしげてしまった。あそこで取り上げられた本(の一部)が「明らかな狂人が書いた本」かどうかというのも疑問だが、「精神障害者だって本くらい書く権利は有る」のと同様、読者には公刊された本を自由にたのしみ、批評する権利があると思うのだ。勿論、当ブログをふくめて、ネット上に公表された文章だってその例外ではない。
このように、本題とは直接関係ないことは書かなかったほうが全体の完成度を高めるうえではよりよかったのではないかと思う。このへんは編集者の責任でもあると思うが。
ついでにいえば、文章もへんに技巧に走らない方がよかった。みずからが生活保護を受けていることに関連して≪一生懸命働いた人の税金で飲む酒は、甘美である≫(164ページ)などというあたりは、偽悪がすけて見えて鼻につく。
こういう欠点を持ちながらも本書はおもしろい。特に蛭児神建でなくなってからのはなしがおもしろい。いろんな意味でまっとうでない生活をしてきたのだが、まっとうな人のまっとうな生活より、まっとうでない人のまっとうでない生活の方が読者としてはおもしろいからだ。さきに書いたこともふくめて、こういうのが読者の権利、というものだ。本書は読者の権利を行使できる、という意味において良書とよばれる資格は充分だと思う。

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8月7日 本いろいろ

大雑把なタイトルだが、なにも伝説のシャクシャインを生で堪能できたため、というわけではない。この日、amazonよりとどいた本について。
とりあえず列記すると、「風雲児たち 幕末編」(7)(みなもと太郎)、「血だるま剣法・おのれらに告ぐ」(平田弘史)、「それがし乞食にあらず 」(平田弘史)、 「小倉優子の秘密遊戯」(真継敏明 撮影)、「徳川将軍家十五代のカルテ」(篠田達明)である。
「風雲児たち」は十数年も以前から愛読しているもの。今回もあいかわらずとてもおもしろい。ただ、「雲竜奔馬」からの原稿流用部分をよむと、「あれ、『風雲児たち』の方ではここ、まだかかれていなかったっけ。」と思ってしまう。しかし、「雲竜」にもほとんど追いついてきた。今後の展開が一層たのしみ。
平田弘史2冊は、たけくまメモで、作品紹介や平田弘史先生訪問記を読んで、気になっていたところ、平田先生筆「萌えTシャツ」(筆者も1着購入)を、平田先生御自身が20着も発注された、ということを聞き、こんなすばらしい先生の本を読まないわけにはいかない、ととりあえず2冊注文してみたもの。いやもう、期待をはるかに上回るすばらしさ。まさに日本劇画界の至宝だ。先生のほかの本もおいおい読んでみることにしよう。
「小倉優子の秘密遊戯」もよい出来。斬新な発想で彼女の新しい面をうまく引き出しているように思う。
一番の期待はずれが「徳川将軍家十五代のカルテ」。歴史事実については、俗説をほとんど無批判に採用しているきらいがある。文章そのものも「おもしろく」書きすぎていて、不満。かつては新書というものは、比較的高度な内容をわかりやすく、そして安価に、というものであったと思うのだが、本書はまるで週刊誌のコラム。そもそも新潮新書は岩波新書、中公新書、講談社現代新書、ブルーバックス、文春新書、ちくま新書等にくらべて軽い傾向にあるのは承知だが(書き下ろしならぬ語り下ろしの「バカの壁」が好例)、これはあんまりな気がする。大昔は「名著を廉価に」であった文庫が「ただのペーパーバック」になったごとく、新書の位置づけもおおきく変わりつつあるのだろう。かつての新書の役割は選書にうつっていくのかもしれない。なんにしろこの本、書店で直接手にとってみたら買わなかったであろう1冊。amazonにたよりすぎるのも考え物だな、と思った次第。

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