カテゴリー「経済・政治・国際」の記事

韓國の子どもがちょっとかはいさうになった

「痛いニュース」にあった記事
まあ、領土係爭中の地を自國のものだって敎へるのはわかる。といふか、そのへんはわが國ももっと見習ふべきだと思ふ。
だけど、その際にはちゃんと相手側の主張・根據も紹介して、そのうへで自國の主張の方の正當性・優位性を強調するのが正しいやり方だらう。これを讀むかぎりでは、どうも日本側の主張・根據はまったくふれられてゐないみたいだ。歴史的經緯なんかも敎へてゐないのだらう。
しかも
「ドクトに攻めて来る国は日本」
なんてことまで敎へてゐるんだね。日本人ならだれ一人信じないうそを。良くも惡くも、日本は紛爭解決手段としての武力の發動を憲法で放棄してゐるのに。當然そんなことはおくびにも出さず、日本はいまでも帝國主義國家だ、なんて敎へてゐるんだらうね。
一番あきれるのが
「国際裁判」の寸劇でも、日本は完全に主張が退けられ、悔しがると言う場面まで生徒が演じました。
のくだり。日本は國際司法裁判所に付託しようと再々言ってゐるのに、それを拒否してゐるのは韓國の方だ。そんな寸劇をやらせるぐらゐなら、とっとと「国際裁判」とやらに應じて、日本を悔しがらせればいいぢゃないか。勝負から逃げておいて、「まあ、たたかったら俺が勝つけどな。」と言っているわけだ。それとも、「相手が勝負から逃げてゐる。」とか大噓を言ってゐるのだらうか。
くりかへすが、領土係爭中の地を自國のものだと敎へるのはよい。だが、それは、あくまで事實に基づいて、そのうへで自國の主張の正當性を敎へるべきものだ。はじめから偏頗なうそを敎へて、國際的に通用しない人間をつくることではない。
こんな敎育をされてゐる韓國の子どもがちょっとかはいさうになった。

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コンビニの營業時間規制はスケープゴートだ

コンビニエンスストアの深夜營業を規制しようといふうごきが急なやうです。京都市をはじめ、多くの自治體が檢討してゐるとか。
これに對して日本フランチャイズチェーン協會は、當然のことながら反對してゐます。
その論據は
・深夜營業をやめて、その間照明を落としても冷藏庫は動かしてゐるので、あまり節電にはならない。
・おもに深夜におこなってゐる配送を晝間にかへなければならない。晝間は道がこんでゐるから、配送效率がおち、CO2排出量がふえる。
・よって深夜營業をやめてもCO2排出量は4%程度、日本全體の排出量の0.009%程度しかへらない。それにひきかへ、かうむる經濟的損失は多大である。
といふことのやうだ。
この問題、わたしにはコンビニ側に理があるやうに思へる。
上にかかげた數字はコンビニ側の試算なので、いくつかの前提條件がみづからに都合のよいものになってゐるであらうとは想像するが、それでもそ營業時間を24時間から、7時~23時にしたからといって、CO2排出量が劇的にへる、などといふことはありえない。4%が正しいかどうかはともかく、1割もへらないであらうといふことは想像できる。
それに、法律乃至條令等で營業時間をしばるのは、營業の自由ををかす行爲だらう。
といふと、いまでも風俗營業は24時から日の出までの營業を禁止されてゐる、といふ人がゐるかもしれない。しかし、風俗營業は各都道府縣公安委員會の許可がなければ營業できない業種だ。もとより公共の安寧および風紀において、おもしろからざる業種とされてゐるのだ。それと同一視はできない。
そもそもコンビニ營業時間規制を檢討してゐる人たちは、エラい人たちばかりのはずだ。自分が深夜に買ひ物をする必要がない人たちばかりだらう。だが、世の中はかういふ人たちばかりでできてゐるのではない。殘業で歸宅がしばしば23時を過ぎる人、深夜勞働の人だっていくらでもゐる。夕食はほかで食べるとか、23時前に辨當を買ふとかでもいいだらうが、翌朝の朝食用にパンと牛乳を買ひたい、などといふニーズにはこたへえない。牛乳なんか、仕事先で夜に買ったら、翌朝にはいたんでしまふだらう。
かういふ社會構造、勞働環境をそのままにしてコンビニを強制的に23時なりなんなりにしめさせるのは筋違ひではなからうか。
だいたい24時間營業をしてゐる業種はコンビニだけではない。それなのになぜコンビニだけが槍玉にあがるのか。埼玉縣は「夜型ライフスタイルを變革する象徴的な位置づけになる」と言ってゐるさうだ。さう、象徴的!な意味合ひなのだ。
われわれはCO2削減のためにいろいろがんばってゐます、ほら、このとほりコンビニの規制をやりました、と言ひたひだけなのだ。コンビニはそのためのスケープゴートなのだ。コンビニよりはるかに無駄と思へる、ファミリーレストランなどの24時間營業はそのままにして、コンビニに目をつけたのは「目立ちやすいから」「わかりやすいから」といっただけの理由なのだ。そのためにどのやうな不利益が出るか、こまる人がどれくらゐゐるか、なんてことは二の次、といふより、ほとんど考へもしてゐないのだらう。
いまでも深夜に需要のすくないコンビニは23時にしめてゐる。それでいいではないか。需要のあるものを無理にしめさせる必要はない。
補足すると、コンビニのフランチャイズ契約は、營業時間について7時~23時または24時間とし、24時間營業の店にはインセンティブが出るやうになってゐるのが一般的のはずだ。とすれば、そのインセンティブの廢止乃至は縮小、さらには營業時間の自由化をうながせばよいのではないだらうか。たとへば近所にスーパーマーケットのある店の中には、むしろ晝間の需要の方がすくない、といふところもあるのではないか。さういふところは日中、閉店することを認めればよい。さうすれば經濟原則にしたがつて「無駄な」營業時間はけづられるはずだ。

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兒童ポルノ法の永六輔

痛いニュース(ノ∀`)」で知ったのだが、法政大學社會學部の白田秀彰准敎授(一橋大學法學博士[註1])が、私は兒童ポルノに該當するものを單純所持してゐる、兒童ポルノの單純所持が違法化された曉には 、他の誰を摘發するよりも先に私を逮捕しろ、と宣言してゐる。
くはしくは直接リンク先を讀んでほしいが、ごく簡單にまとめると、つぎの趣旨のやうだ。
・2001年第三刷發行の荒木經惟さんの寫眞集を古本屋で購入した。
・これには10歳未滿とおぼしき兒童の性器付近が鮮明に描寫されてゐる。
・これは法學者である自分から見て、避けようがなく「兒童ポルノ」に該當する。
・ゆゑに兒童ポルノの單純所持が違法化されたら、私を逮捕せよ。
白田准敎授がこのやうな行動に出たのは「2001年まで何の問題がなかった本を、そのまま保持しているだけで、いつの間にかその本が違法品となり、なんら違法なところのなかった所有者が、いつの間にか容疑者になるカフカの『変身』的不条理について、立法者や法執行関係者と議論してみたい」ためとのこと。
粗忽亭も以前、かつて本屋で普通に賣ってゐた、まったく合法であった書籍・雜誌がいきなり違法になってしまふおそろしさについて書いたが、白田准敎授がうったへやうとしてゐるのは同樣のことのやうだ。
それはそれとして、この白田准敎授の「俺を逮捕せよ」といふ宣言を讀んで、粗忽亭は永六輔さんを思ひ出してしまった。
かつて、計量法によって、尺貫法の使用は刑事罰をもって禁止されたことがあった。それを遺憾とした永さんは、みづから曲尺鯨尺を密造密賣して、それを公言し、みづからの逮捕をうったへるなどの運動をおこなった。しかし警察・檢察は永さんを逮捕しえず、結果、尺貫法の使用が默認されるにいたった(リンク先參照)。白田准敎授の方法論はこれと同じといえよう。
永さんと白田准敎授とでは、法の成立(施行)の前後との差異はあるが、白田准敎授のこの作戰、はたして永さんなみに功を奏すであらうか。
なほ、リンクした白田准敎授の宣言文、後半は單純所持違法化の問題點だけではなく、性表現・猥褻表現規制の問題點等にもふみこんでをり、たいへんよみごたへがある。白田准敎授の主張には粗忽亭はことごとく贊成だ。粗忽亭がいままで文章化し得なかったことを、みごとにまとめてゐる。さすがに學者として、文章(論文)を書く訓練を受けただけのことはあると、心より感心した次第だ。

(附記)
「痛いニュース(ノ∀`)」にある、2ちゃんねるでのコメントを見ると、『こいつが変態なのは良くわかった』『これは反権力を気取った真性ロリの捨て身戦法だな』『自分の性癖正当化しようとしてるんだぜ』『とどのつまり単なるロリコン野郎だろw』『ロリが息巻いてるだけじゃねーか。』『ただの変態ロリコン野郎だろ』『いつなんの目的でそれ買ったんだよオッサン』などといふのがたくさんあってあきれる。白田准教授は『私はこの本を、一連の問題の当事者となるために古書店で入手した。』『その10歳未満と見られる児童の裸体写真を見たとき、もう40歳になる私の意識に浮かんだ言葉は「親の顔が見たい」というものだった。』と書いてゐるのだが。ソースもろくに讀まずにコメントつけてゐるんですね。

[註1]1998年の取得なら「博士(法學)」とかぢゃないかと思ふのだが、本人の履歴書に「法学博士」とあるので、とりあへずさう書いておく。

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なにか辯護士にうらみでもあるのだらうか

ダイヤモンドオンラインで『消費者庁創設の背後に見え隠れする「弁護士利権」』といふ記事を見た。
要約すると、消費者保護法をつくって、消費者廳を創設しても、その職員に辯護士がなるだけ、司法制度改革でふえた辯護士の押し込み先になるのぢゃないか、云々といふやうな趣旨。
なにがいけないのだらうか。そもそも司法改革で辯護士をふやしたのは、少數の特殊な人たちで、接するのに敷居が高いイメージの辯護士をもっと一般的なものにするためだらう。いままで、日本人のおそらく9割ぐらゐは生涯、辯護士とかかはることはなかったのではないだらうか。しかし辯護士の數がふえれば、いろいろな分野に法律專門家たる辯護士が進出する、さうして國民に辯護士をもっと活用してもらはう、といふのが目的だったはずだ。
いままでとおなじやうに辯護士の活躍の場が、裁判にまきこまれたときの辯護人、企業等の顧問辯護士、といったものだけだったら、當然ふえた數だけ辯護士はあぶれる。その分、辯護士にあらたな業務をになってもらふのは當初からの目的のはず。そのひとつとして消費者廳の職員になって、消費者相談を受けてなにがいけないのか。

> たとえば消費者金融への過払い金返還請求のような「需要創出」にもつながる。

とあるが、いままで辯護士に相談したり、企業相手に訴訟したりできなかった人が氣輕に辯護士を活用できるやうになったのなら、まことに結構なことではないか。それこそ改革の趣旨にそったことと言へやう。

> 思い出されるのは、弁護士の中坊公平氏が社長を務めた整理回収機構(RCC)だ。弁護士の牙城となったRCCでは、違法な債権回収行為が発覚し、中坊氏はその責任を取って辞任する羽目になった。

とあるが、これとて中坊氏が私利私欲のために「違法な債権回収行為」をし、私服を肥やしたわけではない。中坊氏は職務に忠實たらんとし、そのために行きすぎがあった、といふことにすぎない。これでは、まるで辯護士に公的な仕事をさせるのが國民利益に反する、と言はんばかりではないか。
いったいこの記事はなにが言ひたいのか。素直に讀めば、辯護士にあらたな仕事の場ができることが、辯護士の仕事がふえることがけしからん、といってゐるやうにしか思へない。この記事の筆者は、なにかよほど辯護士にうらみでもあるのだらうか。
大切なことは辯護士にメリットがあるかどうかではなく、それが國民にとってプラスになるかどうかではないだらうか。この記事にはその視點が根本から缺けてゐる。

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胡錦濤は本氣らしい

おどろいた。なににって、中國政府が四川大地震の救援に自衞隊機の派遣を打診した、といふ報道にだ。これだけはありえないと思ってゐた。
支那の近現代史は、一面、歐米列強からの被侵略史である。阿片戰爭を皮切りに、アロー戰爭、義和團の亂など、つぎつぎに侵略を受けた。その間の太平天國の亂も、歐米列強進出の足がかりとなった。
そして、そこにしんがりとして侵出したのが日本だ。日淸戰爭(これは義和團の亂より前)は朝鮮のとりあひ、といふ側面が強いが、滿洲事變、支那事變は、まがふことなく支那本土への侵略といえやう。(註1、註2)
そのながい被侵略史のなかで、現代中國が特に日本に對して批判的なのは、おもに二つの理由によるのではないかと私はかんがへてゐる。
一つは華夷思想の問題。支那にとってイギリスなど歐米諸國は、自分たちとは文化、歴史を異にする世界だ。そこに侵略されるのは、ある意味しかたがない。極端にいへば、火星人が地球侵略にやってきたやうなものだ。自分たちとはちがふやつらが、よその世界からせめてきた、そしてそれにやぶれた、といったところであらう。
だが、支那人からすれば日本は「東夷」だ。もちろん、朝鮮だって東夷なのだが、それはまだ陸つづきだ。だが、日本は海のはるかむかう、中華文明の餘光がわづかにとどく、といふ邊境中の邊境だらう。華夷秩序からすれば最低ランクだ。
そんなやつらに攻めこまれ、國をあらされ、いいやうにされた、といふのが特に深いうらみにつながってゐるのだと思ふ。
たとへて言ふのなら、足利將軍が管領の細川氏に實權をうばはれ、さらにその家臣の三好氏に、さらにそのまた家臣の松永久秀に實權をうばはれ、はては久秀に暗殺された(13代義輝)やうな感じか。松永久秀は、たとへば細川晴元にくらべて惡人のイメージがつよいが、それは管領の晴元ならまだしも、その家來の家來といふひくい身分のくせに、といふ感情がまつはるからだらう。同樣に、支那からみれば日本なんて華夷秩序の底邊の分際で、といふ感情は拔きがたくあるのだと思ふ。
そしてもう一つが支那侵略史の掉尾を飾ってしまったためだと思ふ。つまり、阿片戰爭以來のうらみがまとめて日本に向けられてしまった、といふ面があるのだと思ふ。
しかし、中國と日本とは隣國であり、しかもともに經濟大國である。にくいからとか、きらひだからとかといってつきあはないわけにはいかない。いしいひさいちの漫畫で、中國からの要求やらなにやらに對して小泉首相が「まるで遣唐使だな。」「朝貢かよ。」「勘合貿易だな。」とか應じて、「しかしいくらでも歴史的引用ができるな。」「いやでもつきあはざるをえないといふことですね。」といふのがあったが、まあ、そんな感じだ。それは日本にとっても、中國にとっても、だ。
そのため、中國は1972年の國交正常化以來、「先の戰爭は日本の軍國主義者が(あるいは軍が)惡いんです。日本人民が、日本全體が惡いわけぢゃないんです。」といふ理屈で「友好」をたもってきた。
しかし、江澤民は、天安門事件後の國内引き締めの必要もあって、「愛國敎育」として反日的な輿論をあふっていくやうになる。もちろんそこには江澤民自身が日本ぎらいである、といふ要因も大きかったであらう。
一方日本では「頑固者」の小泉首相が靖國神社參拜をくりかへし、中國はそれに反撥して首腦會談もできない状態になっていく。このころの兩國、あるいは兩國首腦は、いはばチキンレース状態で、ともに自分からさきに降りられなくなっていったのだと思ふ。その後、兩國首腦がかはったのを機に、關係改善の機運がたかまってきたのはご存じのとほり。
さて、その中國側がこのたび自衞隊機の派遣を打診してきたといふ。それはどういふことか。中國は「日本」に對してはともかく、「日本軍」に對しては徹底的なアレルギーがあるはずではなかったのか。
これは、中國が、といふか胡錦濤政權が本氣で日本との關係改善を考へてゐるのではないかと筆者は思ふ。それも江澤民以前の關係にもどす、のではなく、それ以上の友好關係を望んでゐるのではないだらうか。
日中の關係改善をはかるにあたっては、まづ、江澤民の「愛國敎育」で徹底的にわるくなった中國國民の對日感情を改善する必要がある。四川の大地震で日本の救助隊や醫療チームが中國に入った。その活動は中國内で報道され、おほむね好評であったらしい。日本のイメージがぐっとよくなった、と語る中國人も多いらしい。日本の救助活動が中國でしっかり報道されたといふこと自體、中國政府が日本のイメージアップをはかってゐる證據といえやう。そしてそれはおほむね成功したのだらう。そこで今度はそれを「日本軍」にまでひろげやうとしてゐるのではないか。
自衞隊の輸送機が救援物資(おもにテントらしい)を滿載して中國に降り立つ。中國メディアがそれを報道する。さうすれば「日本軍」はいまや中國侵略勢力ではない、むしろ友好勢力だ、と印象付けることができるだらう。
國と國とが本格的に友好關係を築かうとするのなら、たがひの軍事に對する信賴が不可缺だ。たとへばほとんどの日本人は、アメリカ軍は日本の味方だ、と思ってゐるからこそ、大東亞戰爭の過去にもかかはらずアメリカを最大の友好國とみなしてゐる。
いままでの中國は日本との友好は標榜しても、日本軍(軍閥、軍國主義者)は敵だ、といふ立場をとってきた。胡錦濤政權はそれを大きく轉換し、日本全體との關係を深めやうとしてゐるのではないか。どうもそんな氣がする。


(註1)嚴密にいふと滿洲は滿洲であり、支那本土ではないが、當時の中華民國の直前の大淸帝國が滿州族の皇朝であるため、事實上支那の範圍にふくめてよいと思ふ。
(註2)大東亞戰爭が100%純粹の侵略戰爭である、といふ意味で言ってゐるのではありません。そのうち支那事變については侵略的側面が大きいし、特に中國から見れば支那本土への侵略といふ解釋になるだらうといふ程度の意味です。


5月30日附記
結局自衞隊機派遣はみおくるやうですね。推測がどの程度あたってゐるか確認する機會がなくなって、ちょっと殘念。
ところで文中のいしいひさいち先生の漫畫の正確なネームが氣になったので、確認しておきました。以下のとほり。
「中国政府は小泉内閣を『相手にせず』との方針です。」
「相手にせず?オレは重慶政府か。」
「小泉後をさぐるためでしょう しきりと要人の訪中を求めています。」
「朝貢外交みたいだな。」
「ともかくキーワードは『靖国』です。おたがい納得することで関係修復のキッカケにしたいのでしょう。」
「勘合符貿易じゃあるまいし。」
「しかし、いくらでも歴史的引用ができるな。」
「いやでもつきあわざるを得んということですな。」

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チベット問題は相對化できない

唐沢(盜用)俊一さんと村崎百郞さんが「社会派くんがゆく!」最新號でチベット問題を語ってゐます
「一応どっちにも正義がある」なんてむちゃくちゃですね。よしんば村崎、唐沢(盜用)兩氏の言ってゐるとほりダライ・ラマが「宗教的な独裁者」であれ、「あの貧乏な国でポタラ宮をはじめとする宗教施設」が壯大であれ、「坊主どもがホントにイバりくさって」ゐるのであれ、そのどこがいけないんですか。チベット人が中共・人民解放軍にダライ・ラマを排除してくれ、とたのんだとでもいふのですか。
ダライ・ラマが獨裁者であった、といふのは一面本當でせう。なにしろ觀音菩薩の轉生です。議會をつくって民主的に、なんてことはやらなかったでせう。でも、チベット人はその獨裁を受け入れてゐたのではありませんか。ダライ・ラマの獨裁のもとでこそチベット人はしあはせだったのではありませんか。ダライ・ラマは獨裁者であったとしても專制支配者ではなかったと思ひますよ。
「ポタラ宮をはじめとする宗教施設」が壯大なのだって、チベットの人民はみづからがまづしくても寺院に喜捨する方を望んだのではありませんか。人民がいやがるのにもかかはらず無理に取り上げたのではないと思ふのですが。あなた方は貧者の一燈を受け取ったお釋迦樣も非難するつもりですか。貧しいチベット人から食糧などを無理に取り上げたのは中共の方でせう。
「門外不出の秘教であるチベット仏典を国外に持ち出そうとした者たちの拷問・処刑法が」いかに殘酷であったとしても、それが他者がチベットを制壓していい理由にはなりません。「門外不出の秘教であるチベット仏典を国外に持ち出そうとした」ってことは、いはば國家機密を盜み出さうとしたことに等しいでせう。それに制裁がくはへられること自體はおかしなはなしではありません。その制裁がきはめて殘酷であったといふことは今日の民主主義・人權主義からははづれるかもしれませんが、當時のチベット宗敎王國は民主主義を標榜してゐるわけではありませんし、それどころか民主主義に價値を見出してはゐないはずです。それを殘酷だからケシカランといふのは民主主義眞理敎徒のかんがへかたです。あるいは現代のものさしで過去をはかるものです。いや、西洋のものさしでチベットをはかる、と言った方が適切でせうか。そもそも唐沢(盜用)さん、あなたが讀んだのは小説でせう。まさか小説に書いてあることが100%事實だと思ってゐないでせうね。
この二人が言ってゐることはチベット問題を相對化することにほかなりません。「一応どっちにも正義がある」なんてとんでもないことです。この問題に關しては中共には一片の正義もありません。チベットが100%の正義ではないからといっても、このやうな言説には五分の理もありません。
この對談が「鬼畜」を標榜しておこなはれてゐることは存じてゐます。でも「鬼畜」といふのはスタンスの問題であって、事實をまげることや、ためにする言説を許容することではないと思ひます。
あなたがた二人は、新聞でいへば社會面や文化面の人間です。政治面、經濟面、國際面について語る資格はありません。それらを語るには知識も見識も敎養も決定的に缺けてゐます。惡いことは言ひませんから、自らの手にあまることはおやめなさい。

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日本終了のお知らせ

「児童買春、児童ポルノに係る行為等の処罰及び児童の保護等に関する法律」の改正(もしくは改惡)の動きが急であります。自由民主党、公明党のみならず、民主党の中にも神本美恵子參議院議員ら積極推進派が少なからずゐるやうです。
この問題については單純所持禁止と、「準兒童ポルノ」禁止の2點の問題點があげられてゐます。今囘は後者についてのはなしです。
「準兒童ポルノ」とは、(1)成人が兒童のやうな格好をしてゐるポルノ (2)漫畫、アニメ、ゲームなどいはゆる二次元の「繪」であっても兒童の性的な姿態や虐待などを寫實的に描寫したもの ださうです。なほ、ここでいふ「兒童」とは18歳未滿のことです。念のため。
(1)についてはとりあへずおくとして、(2)について考へませう。漫畫、アニメ、ゲームの大半には18歳未滿(らしく見えるものもふくむ)が登場します。いはゆるエロ漫畫、エロアニメ、エロゲにもかなりの確率で出てきます。といふより、出ないものの方がめづらしいと言って過言でないでせう。この改正案ではかういったもの(現在18歳未滿禁止とされてゐるもの)は當然違法として禁止するつもりでせう。それについての贊否はいろいろあるかと思ひますが、とりあへずおきます。
そして、それ以外の靑年向け、少年向け、少女向けの漫畫、アニメ、ゲームにも「兒童」の裸、下著姿、水著姿、性愛シーンは少なからず出てきます。それらが即「準兒童ポルノ」とはならないまでも、「準兒童ポルノ」の明確な定義がない、といふより明確に定義することが事實上不可能な状態においてはなにがいつ「準兒童ポルノ」と認定されるかわかりません。結果、漫畫、アニメ、ゲームにおける表現についておほいに萎縮がおこることでせう。
漫畫、アニメ、ゲームはいまや日本を代表する文化の一つに成長しました。文化廳がメディア藝術祭などでおほいに推進してゐることはご存じでせう。のみならず、今後の日本の有力な輸出産業として經濟産業省等も注目してゐます。實際、NIEs諸國、BRICs諸國の工業發展にともなって、日本の工業の優位性は年々うすれてゐます。それゆゑ、日本が經濟的に優位性を發揮できる分野は知的財産の分野、はっきりいへば漫畫、アニメ、ゲームなどのコンテンツ産業の分野が中心とならざるをえません。
「準兒童ポルノ」禁止はその近未來の主要産業たるべき分野に萎縮をもたらしかねないのです。
「児童買春、児童ポルノに係る行為等の処罰及び児童の保護等に関する法律」の改正(もしくは改惡)は議員立法によってなされるべく檢討されてゐるやうです。自民、公明、民主の3黨がその方向でまとまれば改正(もしくは改惡)は現實化するでせう。日本の國會は自らの手で自らの經濟發展にとどめをささうとしてゐるのです。この改正(もしくは改惡)法が成立したとき、まさに「日本終了」の第一歩を踏み出すことになるのではないでせうか。

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ちかごろ感動したこと三題

その1 チベットの騷亂・虐殺事件に關聯して

チベットの騷亂で、多くの僧侶や一般市民が中共政府の手によって虐殺されてゐるとの報道に接して、たいへん胸が痛みます。非武裝・丸腰の人びとが、軍隊や武裝警察によって一方的に殺されてゐるのですね。悲しみと怒りで胸がいっぱいです。
民主主義者でも人權主義者でもなく、かつ憲法9條改正原則贊成派である反平和的で暴力的で野蠻な私でさへこんなにもこの事態を憂慮してゐるのですから、民主的で人權意識にあふれる反戰平和團體のかたがたの怒りはいかばかりでせうか。反戰平和なみなさんがどうおっしゃってゐるのか、ちょっと見てみませう。

9条ピースウォーク
ピースウォーク
不戦のネットワーク
ピースウォーク金沢
平和を望む東大生の会
ストップ!「報復」戦争・市民の会

あれ?どこもチベット問題にふれてゐませんね。なぜ?
あ、さうか。あまりの悲しみ、怒りに我を忘れるほどに興奮して、とても聲明文など書けるやうな精神状態ぢゃないんですね、きっと。さうとしか考へられませんよね。
いやあ、かくも深き反戰平和の思ひ。感動いたしました。決して反戰平和を言ひ立てる相手を日本と合衆國に限定してゐる、なんてことぢゃありませんよね。


その2 福岡縣田川郡香春町立勾金中學校の問題について

たうたう逮捕者が出たやうですけど、そんな惡辣非道な生徒でも放校にできないんですね。なんといっても子どもの權利は大切ですもんね。義務敎育を受ける權利の前には校長や敎頭が心勞でたふれたり、ほかの生徒が受ける迷惑なんかはものの數ではないんですよね。
やっぱり人權とか民主主義って、大事なんですね。人權主義者でも民主主義者でもない私にはよく理解できないんですけど、さういふもんなんですね。
國民はすべて平等ですから、そんな彼らとて義務敎育である中學校を卒業することができるんでせう、きっと。授業にも出ないでいつ業を卒(を)へたのかよくわかりませんけど。
ほんと、民主主義とか人權とかって偉大ですね。感動いたしました。
はなしはかはりますが、ソビエト社會主義共和國聯邦とか、朝鮮民主主義人民共和國といふ國がかつて存在しました。あるいは現に存在してゐます。一部の「民主派」なかたがたによると、日本よりも民主的な國ださうです。そのためでせうか、非民主主義者の私はこの兩國の體制が大きらひです。かういった國に生まれなかったことを天に感謝してゐます。そんな私でも、かういふ國にある、あるいはあったといはれる矯正勞働キャンプなるものの存在がすこーしだけうらやましく思へてしまふことがあります。なぜなんでせうね。


その3 児童買春、児童ポルノに係る行為等の処罰及び児童の保護等に関する法律の改正運動について

最近の世の中のうごきの中でもっとも感動したのがこの問題です。この記事とかこの記事とかでみなさん、御存じですよね。
彼らの人權意識の高さには感動の興奮をおさへきれません。私も性的虐待をふくむすべての兒童虐待には大反對ですから。
そのために16歳とか17歳の、女子なら結婚可能な年齡の“兒童”も小學生や幼穉園兒の兒童と同樣に保護しなければならないわけなんですね。なるほどなるほど。その人權意識の高さはさすがです。彼・彼女らも小學生・幼穉園兒同樣に行爲の意味も理解できないで、だまされて兒童ポルノを撮影されかねない、そしてそれが將來にわたって心の傷になりかねないといふことですね。
そればかりか『18歳以上の人が児童を演じるようなビデオなど』もだめと。具體的には『「子どもと見分けがつかないような、例えばセーラー服を着ているとか」といったもの』ださうです。18歳をこえてゐようが、20歳をこえてゐようが、セーラー服とかブルマとかを著て、ポルノな撮影に應じてしまふやうな人は兒童同樣に保護しなければいけないんですね。特に童顏だったり、貧乳だったりする人はさういふ格好をしてゐようがゐまいが兒童同樣に保護しなければいけないかもしれないわけですね。いやー、人權意識の低い私には思ひつきもしませんでした。
さらに『アニメ、漫画、ゲームソフトなどと、18歳以上の人が児童を演じるようなビデオなど』も「準兒童ポルノ」として違法化せよ、と。すばらしい。古來SFにはロボットが人間同樣に高度化したとき、その權利はどうなるのか、といふテーマで書かれた作品がいくつもありました。でもさすがのSF作家も繪にまで人權をみとめるべきかといふテーマには行きつきませんでした。この運動をおこなってゐるかたがたの人權意識の高さはSF作家の想像力などはるかに凌駕してゐたのですね。ふかく感動いたします。決して「現實と空想の區別がついてゐない」わけではありますまい。
そしてフェイクやフィクションなど「準兒童ポルノ」をふくめた廣義の兒童ポルノの單純所持も違法化すると。兒童の人權を侵害するケシカラヌ兒童ポルノ(準をふくむ)をボクメツするためには内心の自由などものの數ではないといふことですね。その人權意識の高さ、あらためて感動の渦であります。
さてみなさん、この運動がみのり、華氏451度的理想社會が到來すれば、われわれもこの法律にふれないやうに氣をつけなければなりません。
アダルトビデオを御所持の健康な若者のみなさん、モデルがセーラー服を著てゐるやうなケシカラヌものはまじってゐませんか。部屋のすみに積み上げたままになってゐるエロ雜誌のグラビアにセーラー服姿のモデルはゐませんか。
寫眞が趣味のおとうさん。むかし購讀してゐた「カメラ毎日」のバックナンバーは大丈夫ですか。沢渡朔さんや石川洋司さんが掲載されてゐましたよね。そんな號はのこってゐませんか。え、そんなふるい雜誌、段ボール箱に入れて納戸のおくに放り込んであるのでさがすのも大變?いえいえ、一人でさがすのは大變でも、おまはりさんが十人がかりとかでさがすと、あっといふ間に見つかってしまひますよ。
腐女子のみなさん、純情な高校生の主人公がちょっと危險な香りのする大學生にひかれていくうちに禁斷の仲になっていく、なんて漫畫をお持ちぢゃありませんか。兒童ポルノ法の對象に男女の別はないんですよ。氣をつけてくださいね。
ネットで山川純一さんの漫畫で大笑ひしてゐたみなさん、ハードディスクに保存してゐたりしないでせうね。たしか高校生が出てくる作品がいくつもありましたよね。五千いくらも出して「ウホッ!!いい男たち」を買ってしまったなんて論外ですよ。
やたらいろんな本や雜誌を買ひこんでは、すてられずにためこんでゐるみなさん。その數萬册の藏書の中になにがあるかもう把握してゐないでせう。ほんと、なにがあるかわかりませんよ。ある日突然おまはりさんにふみこまれたりしないやうに注意しませうね。
それもこれも兒童の人權保護のためなんですから、しやうがないんですよね、きっと。
さういへば日本弁護士連合会がこの問題に關する意見書を發表してゐます(あ、未來日付だ)。それによると日辯聯は、この方向での法改正に反對のやうです。弁護士法には「弁護士は、基本的人権を擁護し、社会正義を実現することを使命とする。」と書いてありますが、きっと日辯聯はこれに反した團體なんでせうね、日本ユニセフ協會さん、アグネス・チャンさん、マイクロソフトさん、ヤフーさん。人權主義者ではない私にはよくわからないのですけど。

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石原慎太郎の無責任發言

まづはこれを讀んでみてください。新銀行東京に關する、石原都知事の記者會見での發言です。
一言で言って、まるで他人事のやうな無責任かつ責任のがれの發言ですね。

(引用ここから)
 ――経営陣を任命したのは、知事はじめ都ですが。
 「これはしかし、要するに財界に諮ってですね、経団連のある重鎮から推挽(すい・ばん)を受けて、私たち、安心してこの方を引き受けたんですけどね。その人の能力を審査する、こっちはその知識も能力もありませんし。これはやっぱり日本を代表する経済界の推挽というものを私たち信用して、引き受けざるを得ないんじゃないですか」
(引用ここまで)

財界にはかってそのとほりに任命したのだから、俺には責任がない、といふことですか。そもそも財界が新銀行東京をつくってくれってたのんできたわけでもなければ、役員人事はまかせとけ、といったわけでもないでせう。銀行業界は都が銀行をつくることに反對してゐた。財界だってコワモテの東京都知事閣下からだれか推薦しろ、と言はれれば推薦せざるをえんでせう。だいたい「その知識も能力もありません」人(都)が銀行經營に乘り出さうとしたことがまちがひなのですから。

(引用ここから)
 「この銀行は旧経営陣によって、ちょっと常識から外れた運営がなされたんですね」
 「例えば、半年もつような会社だったら構わないから貸せというんだね。こういう指令を出して、貸出先の数をそろえることで何の営業の成績にもつながらないと思うんだけど。つまり、半年ぎりぎりもつような会社がお金借りたら、3カ月か4カ月延びても倒産するわけですよ。それが重なって、普通の銀行業務だったら考えられないことが行われたり、その他この他ありましてね」
(引用ここまで)

さうならざるをえない銀行をつくつたんぢゃないですか。既存の金融機關が貸してくれない會社をたすけるためにつくったんでせう。既存の金融機關が相手にしない會社ってのは、つまり經營状況のよくない、あぶない會社ですよ。はじめっから「ちょっと常識から外れた運営」をすることを目的につくった銀行と言っても過言ではない。
いや、構想の段階では「貸ししぶり」「貸しはがし」對策といふ側面があったのは承知してゐます。しかしそもそも「貸ししぶり」「貸しはがし」される會社といふのは、金融機關からみてリスクの高い會社にきまってゐます。しかも新銀行東京の設立までのあひだに既存金融機關に體力がもどってきて、從來「貸ししぶり」「貸しはがし」對象だった會社のうち、比較的マシだったところにも融資をするやうになった。さうなったら殘るのは本當にあぶないやうなところばかりにきまってゐます。
さういふところを相手にするのだから、金利も高くせざるをえません。しんぶん赤旗のサイトの記事なんでアレですが、リンク先によると利息制限法ぎりぎりだとか。すべてがそこまで高いかどうかは知りませんが、同行の貸出金利は相當高いといふウワサは結構ながれてゐました。
その結果、經營状況のよい會社はますます借りなくなる。同行は借り手をさがすのに必死だったみたいですよ。私の勤務先にも飛びこみ營業電話がかかってきましたし。
結論を言へば、銀行經營のノウハウもない素人が、特にリスクの高い層を相手にする銀行を公金をつかってつくること自身に無理があった、といふことです。どうかんがへても收益があがるわけがない。石原都知事は新銀行構想そのものがあやまりであったことをみとめて謝罪し、これ以上傷がひろがらないうちに淸算・撤退すべきだと思ひますね。

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市議會議員選擧と國會議員選擧のちがひ

2週間ほどまえに八戸市の藤川優里市議が美人すぎると話題になりました。あんまり話題になりすぎて當人のサイトがサーバーダウンしたりしたとかいふ話もありました。ええ、もちろん私も見に行きましたとも。美女と美少女と眼鏡っ娘がきらいな男子なんかゐません
たしかに女優なみの美人で、しかもそれを十分意識したサイトづくり。バナーなど、各種の寫眞がアイドル寫眞みたいで見どころ(笑ひどころ?)いっぱいでした。
さて、昨日發賣された週刊ポストに藤川市議がらみの記事がのってゐました。コンビニでざっと立ち讀みしたんですが、はやくも自民黨から國政選擧に擁立しようとのうごきもあるとのこと。まあ、週刊誌の記事ですから、どこまで本當かはわかりませんが、たしかに話題性はたっぷり、市議選でも2位にほとんどダブルスコアでのトップ當選ですからね。
しかし、國政選擧に出ても、さう簡單に當選できるかどうかはわからないと思ひます。といふのは、たとへば私が八戸市民でしたら、市議選ならほぼ確實に藤川さんに投票してゐるんぢやないかと思ふんですよ。だって市議選つて、政令指定都市とかは別にして、普通全市1區でせう。この昨年4月の八戸市議選でも定數36名に47名が立候補したさうです。47人の名前がずらーとならぶ中で、この中から一人市議にふさはしいのをえらべ、といはれたってえらびやうがない。それぢゃあ、とりあへず美人さんに入れようかと思ふのは人情といふものです。その人がよほど竒矯な公約をかかげてゐるとか、ヘンなうはさがあるとかでないかぎり。
でも國政選擧だとさうはいかない。數人の候補の中からじっくりえらべます。主義主張や公約や所屬政黨を勘案して。さうなると、話題性や美人であることのアドバンテージはあるでせうが、市議選のやうに絶對有利、といふやうなことはないと思ひます。
え、參議院の比例代表にたてれば市議選と似たやうなもの?うーん、たしかにさうですが。つぎの參議院選擧は2年半も先ですよ。衆議院總選擧なら、來年9月までにはかならずあるけど。

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徴兵制の次は徴農制かい

名門大學の政治經濟學部で學んだからといって、それだけでまったうな政治感覺や經濟感覺が身につくわけではないのは當然だが、そのまんま東知事、どんどん馬脚をあらはしていってゐるなあ。
たしか當選直後には談合は必要惡、なんてすごいことも言ってゐたけど、このたびは徴兵制發言。居酒屋で「若いやつはみんな軍隊に放りこみゃいいんだ。」とか管卷いてゐるオヤヂとレベルが同じですな。オヤヂの酒場談義ならそれでいいけど、いやしくも縣知事の發言としてはバカすぎ。とか言ふより、とりあへず「暴行罪で現行犯逮捕」「イメクラで未成年からサービスを受けたとの理由で事情聽取」「傷害罪で罰金」といふ華々しい經歴のかたに規律だの規範意識だのと言はれたくはないわなあ。
そもそも軍ってのは敎育施設ぢゃないし。規律だの規範意識だのを身につけさせるのは初等敎育の役割でせう。なんのために義務敎育制を敷いてゐると思ってゐるんだらうか。
東知事は自衞隊の規摸、といふものもわかってゐないのかもしれない。防衞白書平成18年度版によると、定員が陸海空あはせて251,582人、現員が240,812人ださうです。
たとへば20歳の國民を1年間だけ兵役につかせるとすると、どうなるか。日本の20歳人口は1,472,000人ださうだ。規律を身につけるために兵役につける、との發想だから、男女等しく徴兵する必要がありますね。病弱者等は免除せざるをえないだらうから、大きめに見積もって2割を免除としよう。それでも1,177,600人。これだけの人數をどこにどう配置するつもりなんでせう。そのための兵舍とか給料とか、財政負擔はどう考へてゐるんですかねえ。
それに現代の軍隊といふのは、兵器・戰略・戰術が高度化、專門化してゐて、せいぜい數年しか在籍しない徴兵の兵員にやらせるのは不合理・非效率だつたりもするのだが。
てなことを書かうかな、と思ってゐたら、今度は徴農制とか言ひ出したさうだ。それって、なんてプロレタリア文化大革命?なんてクメール・ルージュ?嗚呼。そのまんま東につける藥なしだなあ。

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