カテゴリー「ペット」の記事

最近のティガ(猫)

ほぼ3年ぶりに猫のはなしです。ってか、記事上げるのがそもそも1年4箇月ぶりですが。
わが家の大猫、ルートヴィヒ2世ことティガは體長(頭から尻尾の附け根まで)70センチメートル近くに見事に成長しましたが、昔ほどは人懐こくはなくなったやうです。
以前は人が來ると妻が抱いて出たことが多かったやうなのですが、最近はさういふことも少なくなったやうです。ま、抱くと重いせいもありますが。
ただ、先々月、ダスキンのお姉さん(參照)が來たときにひさしぶりに抱いて出たさうです。そのときにお姉さんに「わー、かっこよくなったねー。」と言はれたさうです。その日、私が歸宅すると妻が有頂天でその話をくりかへし、「もう名前も『かっこいい子ちゃん』にしちゃはうか。」とかうわ言を言ってをりました。
また、ダスキンのお姉さんが先月來たときには「私も仕事柄あちこちで猫を見ますけど、お世辭ぢゃなくこんなかっこいい猫、いませんよ。」と言ってくれたとか。まあ、からだが大きく、長毛がたてがみのやうで、キジトラ特有の精悍な貌をしてゐますからね。
それは良いのですが、妻はお姉さんに「ティガがかっこいいってお姉さんに言はれたって夫に言ったら大はしゃぎだった。」と言ったとか。大はしゃぎだったのはあんたでせうが。
さう言ったら「あなただって『かはいい猫はいっぱいゐても、かっこいい猫はさうはゐないからな。』とか言ってたぢゃないの。」とか言はれましたが、はしゃいぢゃゐませんよ。わが子がかっこいいとほめられてうれしくない親がどこにゐますかって話です。

ところで、私の毎日の朝食後の齒みがきのとき、ティガは大抵私のまはりをうろうろしてゐます。齒みがきが終はって着替えを取りに行くとついてくるのですが、その後着替えを持って戻らうとすると、このごろ私の脚に攻撃をしてくることが多くなりました。單にぢゃれついてゐるのではなく、爪を出してゐて明確に妨碍の意図があるやうです。
何なんでせうね。私の毎日のルーティンを見てゐて、かうやって出かけると夜まで歸ってこないことを理解してゐて、「パパ、行かないで。」とうったへてゐるのでせうか。
朝のこのとき以外はこんな行動は取らないので、さうとしか考へられないのですが。
おかげで今朝も出血沙汰でした。

高さうな猫

先だってよりときどき觸れてゐる我が家のニューフェース猫、ティガ(もうティガでいいです)ですが、すっかり大きくなりました。まだ生後8箇月にもなってゐないはずですが、すでに標準的な猫のサイズをこえてゐます。頭から尻尾の附け根まででだいたい50センチぐらゐありさうです。體重は最近はかってゐないけど、多分、5キロはこえたんぢゃないかな。
ティガは前に書いたとほり、生まれてすぐに捨てられた捨て猫出身で、當然ながら雜種(MIX)です。首のまはりにたてがみのやうな毛があり、尻尾やおなかもふさふさで、少なくとも半分は長毛種がかかってゐるやうです。我が家では、母猫はメインクーンあたりではないか、飼ひ主が避姙せずにゐたらどこかの牡猫の仔を産んでしまって、こまって捨てたのではないか、と想像してゐます。
ところでうちはマンションなのですが、妻は新聞を取りに行くときにいつもティガを抱いて行ってゐるやうです。ティガがおんもに興味があるから、といふのはたてまへで、見せびらかしたいのが本音のやうです。
昨日もティガを抱いて新聞を取りに行ったら、エレベーターである御夫婦と一緒になったさうです。するとティガを見た御主人が「あ、ニャンニャン」と言ったとか。もちろんいい大人なのにですよ。この御夫婦も猫を飼ってゐるとか。「やっぱり猫好きはどっかをかしい。」と妻の言。言ふまでもなく我々をふくめてのことですが。
そのうへ奧さんは「まあ、高さうな猫」とおっしゃったとか。
抱きかかへてゐるので長毛がより強調されてゴージャスに見えたのかもしれません。さすがは神聖キジトラ帝國皇帝ですね。それにしても高さうな猫、といふのはなかなかユニークな表現でした。「高さうに見えまっしゃろ。これ、捨て猫をもろて來たんで、タダでんねん。」と答へればよかったのに、などと笑ったのでした。

仔猫の近況

前々エントリに書いたティーガ(もうあきらめてティガって呼んでゐますが)ことルートヴィヒ2世ですが、順調にそだってゐます。もらってきたときは600グラムほどだったのが、1箇月で1350グラムになりました。成長のはやいこと。なにしろ食欲も旺盛で、われわれが食事をしてゐても寄ってきておかずに手を出さうとします。人間用の味附けは猫には鹽分などが多すぎて健康に良くないので、取られないやうにするのに大變です。
ティーガをもらってきた數日後に、鰹の刺身をサーヤにやろうとすると、まだ生後2箇月にもなってゐないぐらゐなのに横取りして食べてゐました。以前書いたとほり先代のルーは自分は一切れだけ食べるとまずサーヤにゆづってやるやさしい猫でしたが、なにぶんティーガはまだ子供なので、遠慮なしです。サーヤの神經を逆なでしてゐます。
とは言へサーヤも最近慣れてきたやうで、以前のやうにすねて隱れ家にこもりっぱなし、といふことはなくなりました。一応同居者としては認めるやうになったのかな。でもティーガはサーヤお姉ちゃんに興味津々で、「お姉ちゃん遊ぼ、遊ぼ」と散々ちょっかいを出します。といふか、ほとんど喧嘩を賣るやうに手を出してゐます。サーヤはもう中年なので、仔猫にまとはりつかれたりちょっかいを出されたりするのが欝陶しくてたまらないやうで、身を避けたり、威嚇したりと大變です。漫畫ならこめかみあたりに青筋が浮いてピクピクしてゐるやうな状態でせうか。
でまあ、人間へのぢゃれつきも繼續中。夫婦そろって腕は傷だらけです。
レジ袋だらうが紙くずだらうが見るものすべてに興味をもち、ひとりで大暴れしてゐます。なんにでも全力でぢゃれるので、おもちゃを買ってやる必要はなささうです。
とにかくやんちゃ。といふよりゴンタ。子供のころから何十匹と猫にかかはってきた妻もこれほどのゴンタはちょっと記憶にないと言ってゐます。あまりにゴンタなので、仔猫を46匹集めて權太坂46といふアイドルグループをつくったらどうだらうか。撫でにいけるアイドルってコンセプトで。CDに抱っこ劵をつけて賣ればもうかるかもしれない、と妄想してゐます。ただし引っ掻かれても自己責任でおねがひします。
最近はカーテンをのぼることが多くなって困ってゐます。オーダーの遮光カーテンがぼろぼろになってしまひました。6年半使ってゐるから、そろそろ元はとれてゐるのでせうが。ただ、東向きの部屋なので、遮光カーテンがないと朝はまぶしくてあつくてたまりませんので、引きちぎられたりしたらえらいこっちゃなのです。
その對策も兼ねてキャットタワーを買ってやりました。大いに氣に入ったらしく、一日目から一番高いところにあるベッドを占據してゐます。これでカーテンに登らなくなればよいのですが。サーヤは大人猫のプライドか、それともティーガが欝陶しいためか、とりあへずまだキャットタワーには登らうとはしません。いつかは登ってみたりするのでせうか。
ところで一週間ほどまへ、妻がティーガのワクチン接種に動物病院につれて行ったら、スタッフのお姉さんたちに「大きなおてて」と言はれたさうです。數日前にはダスキンのお姉さんにも言はれたとか。たしかに仔猫のくせに手はもうサーヤよりも大きいかもしれません。これはひょっとすると先代のルー(ルートヴィヒ1世)よりも大きくなるかもしれません。見た人がみんなおどろくぐらゐ大きくなるといいなあ。仔猫の今もかはいいけど、そんな日が樂しみでもあります。

二代目登場

前々エントリで書いたとほり、うちの二匹の猫のうち一匹(ルー)が三箇月まへに急死してしまひました。そしてこれも前々エントリとそのコメント欄で書いたとほり、もう一匹(サーヤ)がとてもさびしさうにしてゐます。
そんなわけで、ルーの死後しばらくしてサーヤをワクチン接種に動物病院につれていったときに、里親さがしのはなしがあれば聲をかけてくれるやうにお願ひしてきました。季節がら、そろそろ仔猫の生まれる季節でもありますし、この春生まれの仔を一匹もらひたい、とのかんがへです。
牝同士だと仲良くなりにくいとのうわさもありますので、ルーとおなじく牡を希望しました。
その數日後から、妻は早速「名前をかんがへた。」とか言ひだします。「tigerに通じるからティガ、leopardに通じるからレオ、あるいはタロウとか。」と言ってゐます。もう、これだからおたくは。わたしはそんなに露骨におたくっぽい名前はいやだ、もらふ仔が決まってからかんがへれば良い、と受け流しておきました。
さて、一昨日18日の午後、そろそろ焦れてきた妻が動物病院に電話をかけてみたら、丁度はなしがもちこまれてゐるところだったのです。その日の夕方、動物病院の待合室でお見合ひとなりました。
聞くところによると、生まれてすぐの四つ子の捨て猫をひろった人がゐて、その人にたのまれて仔猫をあづかって里親探しをしてゐる人が連れてきてゐる、やうでした。牡3匹、牝1匹のきゃうだいでしたが、牝は午前中に引き取り手が決まったさうで、ゐたのは牡3匹だけでした。上に書いたとほり、うちは牡がほしかったので、問題ありません。
まだ生まれて2箇月になるすこしまへのやうです。最近は仔犬仔猫は3箇月まで親から引き離さない方が良いとされてゐるやうですが、そもそも親がゐないのですから、それならむしろ早い方があたらしい環境になじみやすくて良いでせう。
1匹は全身キジトラ、もう1匹はキジトラに白足袋、最後の1匹は白がベースで、背中に薄めのキジトラ模樣といふキジトラ系兄弟でした。できれば全部もらひたいぐらゐかはいいのですが、さういふわけにもいきません。
實は動物病院に里親希望を申し出たときに柄とかの希望を聞かれ、「どんな仔でも縁があれば」と答へてゐたのですが、わたしも妻も本當はルー同樣キジトラなら良いなあ、ルーみたいに大きくなるのが良いなあ、と漠然と思ってゐたのです。でもルーの代用品がほしいわけではないので、あへて希望とはしなかったのでした。
ところが天のいかなる配劑か、キジトラ系が3匹眼の前にゐます。その中でも全身キジトラが一番よく育ってゐたやうですし、元氣も良い。そのうへ手が大きい。妻によると、手の大きな仔は大きくなるのだとか。抱き上げた感じも見た目よりみっしりと重く、これも大きくなる兆候だとか。そんなわけでこの仔をもらふことにしました。
Tiega_2
歸り道で妻は早速「キジトラだから名前はティガに決まり。」と言ひだします。その後いろいろかんがへましたが、どうしてもゆづりさうにないので、妥協して「正しくはティーガとしよう。短めに呼んでも聞きのがしておいてやらう。」といふことにしました。
うちに連れて歸ると、しばらくはおびえるかな、と思ひましたが、キャリーケースから出すと同時になじんぢゃったみたいです。物怖ぢしない性格のやうです。いつの間にか生まれたときからここにゐるやうな顏をしてゐます。
入浴中にふたたびティーガの名前のことをかんがへてゐたら、もう一つアイデアが浮かびました。先代のルーのやうに大きくて男前でやさしくておほらかな猫に育ってもらひたいとの願ひを込めて、ルーにルートヴィヒ1世の諡をつけ、その二代目として正式には「ルートヴィヒ2世“ティーガ”」と大層な名前にしてみました。神聖キジトラ帝國第二代皇帝陛下ですな。
もちろんルーとまったくおなじになる必要はありません。現に臆病で人見知りでおっとりしてゐたルーに對して、ティーガは好奇心旺盛で人懐つこく活溌です。また、ルーの長くりっぱな尻尾に對して、ティーガの尻尾は人の小指ぐらゐしかありません。日本猫の血が濃いのでせうか。
でも甘えん坊はルーに負けないやうで、小さな體でベッドによじのぼってきて、わたしや妻に寄り添って眠ったり、わたしの胸の上に乘って眠って、寢返りをうって胸から轉げ落ちたりしてゐます。
なぜか脚やら腕やらにぢゃれついてきますが、爪を出したままなのでちょっと痛かったりします。ケットの上から足の親指にかじりついてきもしました(これはとても痛い)。
ベッドサイドボードにマグカップにお茶(烏龍茶と麥茶のブレンド)を入れたのを置いてゐたら、ベッドからサイドボードに移って飮んでゐました。水のはうが良からうと汲んできてやってもこっちばかり飮みます。お茶が氣に入ったやうです。
そんなこんなでとても良い仔が來てくれてしあはせです。うちになじまなかったら、なつかなかったらといふ心配も無用でした。
でもまだ一つ難題があります。サーヤです。前述のとほりサーヤがさびしがってゐるから、といふのがもらった理由の一つなのですが、自分以外にちやほやされるのが來たのが氣に入らないのかすっかりすねてしまったやうです(このあたりがおほらかなルーとやたらとプライドの高いサーヤのちがひ。ルーはサーヤがもらはれて來たときもおほらかに受け入れたとのことです)。自分の隱れ家にこもってしまひ、なかなか出てこなくなってしまひました。實はこれが一番心配だったのですけどね。
それでも夜中におしっこしに出てきたときはちょっと離れてベッドをうかがってゐたので、「サーヤ、おいで。」と呼んでやるとそろそろと近づいてきて、ベッドの端に乘った、と思ったらすぐにをりて隱れ家にもどってしまひました。ティーガのことが氣にはなってゐるやうです。はやく仲良くなってほしいものです。

ルーのおもひで

うちでは猫を二匹飼ってゐます。ともに妻の連れ子です。去年の4月から一緒に暮らしてゐます。
一匹はルー。牡のキジトラ。體長60センチ近くある大猫で、體重も7キロ弱あります。
もう一匹はサーヤ。牝の白ブチ。これは40センチぐらゐの普通サイズです。
わたしは獨身時代からダブルベッドをつかってゐました。寢ることと寢ころんでなにかを讀むことが自宅での生活の主要な部分を占めてゐたためです。ですから昨年4月の結婚後もそのまま二人でダブルベッドをつかってゐます。一人で悠々とダブルベッドを專有してゐたのが狹くなってしまふのはしかたのないところ。猫たちはどこか適當な場所を見つけて寢るだらうと思ってゐました。
ところが猫たちまで一緒にベッドで寢るやうになってしまひました。ダブルベッドを一人で悠々から二人と二匹でキツキツといふ大いなる環境の變化。夜ばかりではなく、晝間でも猫たちはかなりの時間ベッドの上にゐます。
サーヤは生後推定1箇月である人にひろはれ、その人が飼へないので、妻が引き取ることになったさうです。そんなころからそだてられてゐるため、妻のことを本當にママだと思ってゐるやうなところがあります。寢るときは妻の枕もとが定位置でした。ときどきちかくの棚のあいたスペースなんかで寢てゐることもありましたが。
ルーは生後3箇月まで母猫に育てられてから引き取られたためか、妻にべったりといふことはありませんでした。わたしにもよくなついてゐて、寢るときはわたしの脚元。あるいは脚の上。なにしろ7キロ近くある大猫ですから、これに乘られると大變重いのです。
秋になると、猫の寢る場所に變化がありました。二匹ともわたしの脚元で寢るやうになりました。二匹で、まるで兄妹のやうによりそって寢ます。寒くなってきたため、かたまって寢るのでせうか。ときどきおたがひをなめて毛づくろいをし、それがエスカレートすると取っ組み合ひになります。わたしの脚の上でドタバタします。さうでなくても二匹で脚の上に乘られると身動きができませんし、脚の上でなくてもこの二匹を避けて寢ようとすると、脚の位置が大變苦しいことになります。
そんな二匹ですが、今日はおもにルーのはなしをしたいと思ひます。
ルーは先にも書いたとほり、堂々とした體格です。サーヤをはじめて見た人は「まあかはいい。」と言ふのに對して、ルーをはじめて見た人は「うわ、でか!」と言ひます。ついでに書くと、なかなか野性味のある凛々しい顏立ちをしてをり、わたしなどはたわむれに「こいつは32分の1ぐらゐ虎の血がまじってゐる。」と言ってゐました。
そんな立派な押し出しのくせにこわがりで、雷がなると一目散にものかげにかくれてしまひます。以前、窓からカナブンがとびこんできたとき、目の前で飛びまはるのを見て怖がってゐたさうです。それでも男氣はあるらしく、妻の獨身時代、近くに住む妻の父がたづねてきたら、知らない人が來たと思ったのか「この家に男は僕だけだからね、ママとサーヤは僕が護るからね。」とばかりに妻の父にむかってフーッフーッと威嚇しながら後ずさりをしてゐたさうです。一生忘れられない傑作な姿だったといひます。
また、大きな體と凛々しい顏に似合はず大變なさみしがりやで甘えん坊です。猫は孤獨を好むところがあり、サーヤも半日ぐらゐクローゼットにこもって一人で寢てゐることがありますが、ルーはさういふことが滅多にありません。大抵ベッドの上か、さうでなくてもわたしたちの目のつくところにゐます。わたしと妻がならんですわってゐると、あひだにすわりこんで、「ここにゐれば二人からかまってもらへる。」みたいな顏をしてゐます。
永年飼ってきた妻だけではなく、わたしをもおほいにしたってゐます。
うちではリビングと續きの部屋にベッドを置いて、この2室をおもな生活空間としてをります。猫がマンションの部屋中を歩きまはって全室毛だらけにされてもこまるので、リビングの入口のドアを閉めておいて猫は廊下に出られないやうにしてゐるのですが、わたしが外から歸ってきたり、あるいは風呂から上がるとその音を聞きつけてドアの前までお出迎へにやってきて、お坐りのポーズで待ってゐます。最近はサボり氣味でしたが。
ときどきわたしの布團の中にもぐりこんできます。脚と脚の間の空間が掛け布團の壓迫が輕くなるためかお氣に入りで、わたしが脚を閉ぢてゐるときでさへも強引に脚と脚の間にもぐりこんできます。自分でうまく布團にもぐれないときは、わたしの襟や袖を前脚でちょいちょいとひっぱって、「入れて入れて」とおねだりします。
わたしのそばにのそのそっと寄ってきて、顏を見つめてかまってオーラを全開にしたりします。かと思ふとただ寄ってきてとなりにすわって、のどをゴロゴロ鳴らしてゐたりします。
なでられるのが大好きで、頭をなでてやるとうっとりとした顏をします。喉をくすぐってやると得も言はれぬ氣持ちよささうな顏をします。
夜、わたしが讀み物を終へて、寢ようとして電氣を消すと、脚元にゐたのがすっと横までよってきてすわります。手があいたのを見てかまはれに來たのかなと思ってなでてやると、30秒ぐらゐしてもとの位置に戻っていきます。お休みの御挨拶なんでせうか。そのまま横で寢てゐてもかまはないのに。
ちょっと離れたところからこっちをぢっと見てゐるので、「どうした、こっち來い。」と手招きをすると、すっと寄って來ました。
普段、猫の世話は妻がしてゐるのですが、たまたま妻が出かけてゐたりするときにルーが糞をしたりゲロを吐いたりしてわたしが始末をしてやると、おすわりしてぢっとその樣子を見つめてゐます。始末が終はるとそばに寄って來てわたしの顏をのぞきこみます。「おてまかけてごめんね、お掃除してくれてありがたうね。」とでも言ってゐるやうです。
妻が用事で4日ほど家をあけたら、その間に顏を忘れてしまふアホな子でもありました。すぐに思ひ出しましたけどね。
かと思ふと、先に廊下につながるドアを閉めてゐると書きましたが、伸び上がってノブにつかまってドアを開けることをおぼえてしまふやうな利口な子でもありました。おかげで結局部屋中を歩き囘られることになってしまひました。つひには電燈のスイッチまで勝手に入れるやうになりました。
とてもおとなしい子でした。サーヤはときどきわたしに對してひっかくそぶりをするのですが、ルーは一切そんなことがありません。サーヤをかまふときは多少の警戒が必要なのですが、ルーにはその必要はまったくありませんでした。安心して肉球もいぢれます。ただし藥を飮ませるときは抵抗しますので、このときには爪にやられたことはあります。
とてもやさしい子でした。妻がまとはりついてきたサーヤの尻尾をうっかり踏んで、サーヤがギャッと悲鳴を上げると脱兔のごとくサーヤのもとにとんでいきました。
刺身を猫たちにおすそ分けすると、まづルーがお毒見よろしく一切れ食べて、「サーヤおあがり。」とばかりにさがってしまひます。サーヤがひとしきり食べて離れると、「もういいの?ぢゃあ僕が食べるね。」と殘りを食べてゐました。
そのルーが昨年10月から病院通ひになりました。きっかけは血尿。血尿自體は2年に1度くらゐあったらしいのですが、それにくはへて10分おきくらゐにおしっこをしてゐます。どうも泌尿器に異常があるやうでした。
そのうへ短い時間に何度も何度も吐きました。もともと吐き癖のある子で、2~3日に1囘ぐらゐは吐いてゐたのですが、この時は十數分の間に數囘とか、異常でした。
調べると、うちから徒歩20分ぐらゐのところに動物病院がありました。おとなしくキャリーケースには入ってくれないので、洗濯ネットに押し込んで、それからキャリーケースに入れ、うちは自動車を持ってゐないのでキャリーケースをさげて連れて行きました。これがなにしろ7キロ近くありますから大變なのです。
血止めの藥をもらひ、週1囘ぐらゐの動物病院通ひが始まりました。血尿がおさまってきてあらためて檢査すると、尿に石の成分が混じってゐることもわかりました。フードを療法食に變へて、投藥を續けることでこちらはほぼおさまりました。
同時に吐き止めの藥ももらひました。最初の藥はあまり效かなかったのですが、別の藥に變へてもらふと吐き癖がピタリとおさまりました。通院も2週間に1度くらゐになりました。
そんなある日、丁度通院の日だったと思ひますが、ルーの呼吸がやたらこまかいのに妻が氣がつきました。レントゲンやエコー檢査などで、心臟壁が肥大してをり、肺に水がたまってゐるのがわかりました。組織を取っての檢査の結果、感染症などでないことはわかりましたが、くはしいことは大學の獸醫科病院ででも檢査しなければわからないとのことです。うちからは近いところでも片道2~3時間はかかります。檢討しましたが、かへってその道中がストレスにもなりかねないので、このまま投藥のみを續けることにしました。
その後の經過は比較的順調で、3週間に1度、水を拔いてもらふのと、藥をもらふために動物病院に行くだけ。呼吸の異常もなく、食欲も十分、元氣に走り囘ったり甘えたりしてゐます。藥を飮ませるのには大いに苦勞をしてゐますが。
一昨日の2月23日、猫の日の翌日ですね。3週間ぶりに動物病院に連れて行きました。いつもどほり逃げまはるルーを洗濯ネットで袋の猫にして、キャリーケースに入れて運びます。「出してー、出してー。」と鳴いてゐるのもいつもどほり。あきらめたのかだんだん鳴かなくなるのもこれまたいつもどほり。
ところが動物病院が近づいてきたころ、いつになくキャリーケースの中で暴れました。一旦おさまったのですが、動物病院まであと5分もないところでふたたび大暴れをします。あまり暴れるので地面に置いて樣子を見たら、せまいケースの中でぐるぐる囘るやうにしてゐます。洗濯ネットをかぶったまま頭をはねあげ、キャリーケースのふたについてゐる顏を出すために開けられるやうになってゐる部分を跳ねあげてしまひました。
その後はおとなしくなったのでそのまま病院に連れて行くと、この日は先客がをらず、すぐに診てもらへました。
キャリーケースから先生が取り出すと、洗濯ネットに血がついてゐます。さきほど暴れたときに怪我でもしたのかと思ひましたが、洗濯ネットをあけるとぐったりしてゐます。先生が「あれ、息してゐないみたい。」とおっしゃいます。わたしと妻を診察室に待たせたまま、先生はルーを處置室に連れて行きます。しばらく待たされたあと、處置室に呼ばれました。
先生がルーに心臟マッサージをしてゐます。口は人工呼吸器につながれてゐます。點滴も打たれてゐます。先生がおっしゃいました。「このやうに處置をしてゐますが、心臟マッサージをやめると、このとほり、心電圖がフラットになってしまひます。處置をはじめて30分たちました。かういふときは30分が目安となってをります。これで蘇生しなけえればもう難しいでせう。御希望ならつづけますが、いかがなさいますか。」
わたしと妻は運命のときが來たと悟りました。「もう結構です。ありがたうございました。」と答へました。正確な誕生日はわかりませんが、あと一週間か十日で10歳になるところでした。
思へば心臟壁肥大の診斷をもらったとき、心臟に發作が起こったらすぐに處置をしないとたすからない、また、すぐに處置をしてもたすからない場合が多い、と聞かされてゐました。先ほど暴れてゐたのは發作が起きて苦しくてもがいてゐたのでせう。その後、5分ぐらゐで處置したのに助からなかったのだから、本當にどうしやうもなかったのでせう。
最期のときは苦しみもがいたやうではありますが、その直前まで普通に元氣に走ったり甘えたりしてゐたのがせめてものなぐさめです。
よく、人間の場合は、良い人ほど佛樣が早く自分のそばに來るやうにと呼び寄せてしまふ、だなんていひます。ルーも先に書いたとほり、とてもやさしい子でした。ずっと家猫でしたので人見知りではありましたが、おそらくだれからも好かれる性格だったと思ひます。そんなやさしい子だったので、佛樣に招かれたのでせうか。
でもね、佛樣、そんなに急いで招かなくったっていいぢゃありませんか。快方に向かってゐると思ってゐたのに。覺悟をする暇もなかったではありませんか。わたしや妻はもちろん、サーヤもさみしがってゐますよ。ルーの姿を求めて家中うろうろさがしてゐますよ。
動物病院でダンボールの假の棺に入れてもらひました。花一輪を添へてくださいました。さういへばルーは、花をかざってゐるとその花をかじったりしてゐたなあと思ひだしました。
ルーの遺體を持って歸宅後、獸醫さんに教へていただいた動物の燒き場に電話をしました。24日の午後一番の豫約が取れました。遺體は煖房を入れてゐない部屋に置かうかと思ったのですが、ルーがさびしがる、一晩なら大丈夫と妻が言ふので、リビングの我々のそばにおいてやることにしました。
この日はなにもする氣になれず、早々に寢てしまひました。
翌朝、目がさめると妻がルーの遺體をバスタオルにくるみ、ベッドに連れてきてゐました。わたしと妻との間に寢かせてゐました。いつも「脚元で寢ると邪魔だからどうせならここで寢ればいいのに。」と言ってゐた、その位置です。妻がルーを抱き上げ、この子は抱っこが嫌ひだったからかうなってはじめて抱っこさせてくれた、と言ひました。
燒き場から迎へが來、ルーを連れて車に乘り込みました。信頼してゐる獸醫さんの紹介してくれたところだけあって、感じのよいところでした。さすがに大きな體だけあって、お骨になるまでにも少し時間がかかったやうです。お骨の説明をしてもらひましたが、左胸の骨が少し緑色に變色してゐました。心臟病の影響だったのでせうか。
骨壺に骨を何個か拾ひ、骨壺を錦の袋に包んでもらって持ち歸りました。あんなに重かったルーが、小指一本で持てるほど輕くなってしまひました。
ルー、もうお淨土についたかい。先輩のマオちゃんもそっちにはゐるんだらう。阿彌陀樣にもお釋迦樣にもそのほかの佛樣にもいっぱい甘えていっぱいかわいがってもらふんだよ。さやうなら、ルー。

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