カテゴリー「ニュース」の記事

ユニクロの社長は魔法使ひか

ユニクロが始業時間を2時間早めて、勤務時間を午前7時から午後4時までにするさうです

> 終業時刻を早めた分、社員に語学などを学んでもらう狙い。

ださうです。

> 同社は来春から社内の公用語を英語にする予定

ですからね。
4時に仕事が終はるのだから、夕方から夜にかけてが長くなる、その時間で勉強しろ、といふことですね。
でも、始業が2時間早くなるのなら、當然2時間早く起きなければならないはずです。とすれば、常識的にかんがへれば、2時間早く寢ないとからだがもたないと思ひます。結局、餘裕時間はかはらないと思ふのですが。
ユニクロの社長は勤務時間をちぢめることなく、ずらすだけで時間を生み出すことができるとおかんがへのやうです。一日を26時間にできる魔法でも御存じなのでせうか。ユニクロが順調に發展をかさねてゐるのも社長の魔法のおかげなのでせうか。
これでは魔法をつかへない同業他社がかなふわけありませんね。ヘンに納得してしまひました。

やっぱりいらないから埋めたんだ

ひとつまへのエントリ『「隱蔽」なんて高級なものではないのでは?』の續報です。
8月4日附の朝日新聞朝刊に『「調査に役立たない鉄くず」 中国鉄道事故 当局者が発言』といふ記事がのりました。asahi.comでは見つからなかったので、以下に全文紹介しておきます。

 中国浙江省温州市の高速鉄道事故で、上海鉄路局の技術責任者が、事故車両について「調査に役立たない鉄くず」と話していたことが明らかになった。中国誌「新世紀」が報じた。鉄道当局に事故車両は証拠品だとの意識が希薄だったことが浮き彫りとなった。
 同誌によると、事故を起こした列車の先頭車両が穴に投棄されていたのを記者が目撃。同技術責任者に理由を聞くと、「鉄くずだから処分した。(鉄道当局の)正常な作業の流れだった」と語ったという。
 また中国紙の経済観察報は、主要駅責任者の話として「事故が起きたらすぐに重機で片付けるのは、鉄道当局がいつもしてきたこと」と指摘。問題になったのは「今回はメディアの関心が高かったから」と述べ、たまたま公になっただけとの認識を示した。
 一方、鉄道省の陸東福次官は「作業空間をつくるため、(車体や部品を)穴の中に積んで置いただけで、埋めていないし、証拠隠滅もしていない」と否定。しかし、実際は穴の中で先頭車両を粉々に壊していた。 (上海=奥寺淳)

ね。わたしの推測とほぼ同じでしょ。彼らにとってはこの程度の事故なんてたいした問題ぢゃないんですよ。だから役に立たない邪魔なものはさっさと片附ける、といふ意識しかない。これが言はれてゐたやうに隱蔽なら、まだ事故が重大問題だといふ認識があるだけマシなんですが、さうではないので、この方がより根深い問題だと言へませう。
やはりかの國の感覺をわれわれと同じやうにかんがへたら大まちがいなのですね。

(附記)asahi.comには載ってゐませんが、同趣旨の記事がスポニチSponichi Annexにありましたので、リンクしておきます。

「隱蔽」なんて高級なものではないのでは?

って、もちろん中國の高速鐵道事故のはなしです。
しかしおどろきましたね。
事故もおどろきなら、わづか一日半で無理やり運轉再開してしまふところもおどろきだし、なにより事故車輛をくだいて埋めてしまふのには唖然としました。日本なり他の先進國なりなら、事故車輛を徹底的に調査するはずです。なんといっても原因究明の資料の寶の山のやうなものですから。
そんなわけで、埋めたのは隱蔽のためでは、といふ聲が世界各國からあがったわけですが、わたしはそんな高級なものではないのでは、と考へます。
なぜなら事故そのものはすでに世界中に知れ渡ってゐるのですから、いまさら埋めたところで隱蔽になんてなりはしない。事故が海外に報道される以前とかならわかりますけどね。
ぢゃあなぜ埋めたのかといふと、深い考へもなく、ただ邪魔だから埋めたのではないか、といふ氣がします。いはゆるブラックボックスは囘收濟みだとのことですから、「運行データはこれで手に入ってゐる。だから本體なんかはもう無用。置いとくと邪魔だからとっとと埋めてしまへ。」てな感じで。
つまり、本體を徹底的に調査しやうなんて發想がそもそも浮かんでこなかったのではないかと。いはば、道路に飛び出して自動車にひかれた野良犬の屍體を埋めてしまふやうな、その程度の感覺だったのではないかといふ氣がしてなりません。
だもんだから、批判を受けてはじめて「え、本體も調査には必要なの?ブラックボックスさへあればいいんぢゃないの?」とあわてて掘りかへしてゐるのではないかと。
まあ、かの國の感覺といふのはわれわれとはベクトルの向きが大きくちがってゐますから、なんとも言へませんけどね。

十兩と幕下の待遇格差を縮めてはならない

ふたたび大相撲八百長問題について。
今回發覺した八百長が十兩力士が中心だったことについて、十兩と幕下との待遇の格差の大きさが要因の一つであると指摘されてゐる。
たしかにその差は大きい。報酬といふ面だけをみても、十兩は月給が1,036,000圓。賞與が2箇月分あるので、それだけで年額14,504,000圓。そのほかに力士奬勵金(いはゆる「給金」)が場所ごとに最低160,000圓。ここまでの合計で15,464,000圓になる。持ち給金の大きい力士は、さらにそれだけ收入が增えることになる。
ほかにも力士補助金や出張手當(地方場所の手當)があるが、前者は結髮費用の一部補助だし、後者は部屋によっては宿舍の費用に充當される場合もあるだらうから、とりあへず除外しておく。
一方、幕下はどうかといふと、場所手當150,000圓×6場所=900,000圓。ほかに本場所の成績により、勝星奬勵金と勝越金があるが、これは7戰全勝でも41,500圓にすぎない。
すなはち幕下と十兩では、報酬面で十倍以上の差があるといふことになる。
そのほか、かたや付け人を持つ身、かたや付け人になる身であって、この差も大きい。また、着るものも、その地位によって許されるものに差がある。まさに十兩と幕下では、天國と地獄ほどの格差があると言ってよい。それゆゑに十兩力士が幕下に落ちるのを嫌って星の貸し借りがおきやすい、といふことだ。
まさにそのとほりであらう。
そのため、テレビではこの格差こそ八百長の源泉であり、それゆゑこの格差を小さくするべきだ、といふ論調が多かったさうだ。
ばかを言ってはいけない。
力士の待遇は報酬面もそれ以外の面もふくめて、序ノ口から幕下まではグラデーションのやうに徐々に上がり、十兩になると跳ね上がり、以降はまた橫綱までグラデーションを描いていくやうになってゐる。それはなにゆゑか。一言でいへば十兩以上は關取であり、幕下以下はさうではない、といふことにつきる。
さきほど「力士」といふ表現をつかったが、幕下以下は正式には力士ではない。「力士養成員」が正式な名稱だ。つまり一般社會でいふところの見習ひとか硏修生のやうなものだ。俗には「取的」ともいふ。つまり「關取的なもの」乃至は「相撲取り的なもの」といふことで、決して關取や相撲取りそのものではない、といふことだ。
ここに大きな差があるからこそ、なにがなんでも十兩以上になってやらうといふハングリー精神を生み出す。全體の待遇がグラデーションをなしてゐるのなら、さういふモチベーションは小さくならざるをえない。
ただ、これが逆に作用してしまひ、一旦十兩になった力士が幕下に落ちたくないあまりに八百長に手を染めてしまふ、といふ弊害が出たわけだ。本來なら十兩になるために必死に努力したやうに、落ちないやうに必死に努力しなければならないのに。
たしかに十兩と幕下の待遇差が小さければ、八百長は減るだらう(それだけで根絕できるといふものではない)。そのかわり、關取と呼ばれるために懸命の努力をする力士はもっと減ってしまふことは火を見るより明らかだ。八百長撲滅のために十兩・幕下格差を縮小、といふのは、交通事故撲滅のために自動車を禁止、といふのと同樣の本末轉倒の暴論と言ふほかない。
十兩と幕下の格差の大きさになんとなく搾取の構造を感じてしまふ人もゐるのかもしれないが、それもちがふ。なぜならば、大相撲は基本的に十兩以上の力士が稼いで幕下以下の力士を食はせてゐる構造だからだ。
幕下以下の取り組みを見に行く人がどれだけゐると思ひますか。テレビの中繼(幕下以下はなくなるさうですが)を見ても、幕下以下は客席ががらがらなのがわかると思ひます。「力士養成員」は、文字通り養成されてゐる立場なのだ。
アメリカのプロ野球においてもメジャーリーガーとマイナーリーガーではその待遇が天地ほどにもちがふ。稼ぐ(球團の收入に貢獻する)立場とさうでない(球團の收入に貢獻しない)立場のちがひだらう。角界とておなじことだ。
竹熊健太郞さんはtwitterで「十両は年収400万程度に止めて、そこから出世する毎にどんどん上げていけばいいのでは。十両で一千万超は多過ぎる。 」とつぶやいてゐたが、さきに述べた構造からして、十兩の年收が多すぎると言へるだらうか。現在幕內の定員は42名、十兩の定員は28名。あわせて70人しかゐない。膨大な人數の力士(養成員をふくむ)のうち、關取はたったの70人なのだ。力士總數は場所ごとに增減はあるが、約700人。その一割にすぎない。もちろん多くの者は數年で見切りをつけてやめていくのだから、關取にまで昇進できるものは入門者のほんの數パーセントにすぎないのだ。私見ではそこまでなった者に對して、いまの十兩の報酬は少なすぎるぐらゐだと思ってゐる。拘束時間などから考へれば、力士は世界でもっともめぐまれないプロスポーツ選手、といふ聲さへある。
くりかへす。十兩と幕下の待遇差を小さくしてはいけない。それは八百長の動機であっても、本質的な原因ではない。結果の平等を目指して、生產性の低下を招いた舊社會主義國の例もある。なすべきはその待遇差をいかに發奮材料とするやうにしむけるかだらう。

トノサマガエルって東京にゐるの?

氣象廳の「生物季節觀測」の對象からホタルとトノサマガエルを除外するとの報道がありました。共同通信47newsの記事をリンクしておきます。
その記事によると

 トノサマガエルの初見日(初めて観測した日)は東京や名古屋、大阪などの気象台や測候所計17カ所、ホタルの初見日は12カ所で観測項目からの除外が決定。除外対象は、さらに増える可能性があるという。

とのことですが、そもそもトノサマガエルって東京には自然分布してゐないのではありませんでしたっけ。東京で一般にトノサマガエルと呼ばれてゐるのは實はダルマガエル(トウキョウダルマガエル)のはずなのですが。
ここで言ふトノサマガエルって、ダルマガエルのことなんでせうか。
くわしいかた、敎へてください。

大相撲はこの際、膿をすべて出せ

去年、大相撲界をゆるがした野球賭博事件の搜査過程で、八百長の物證といふべきメールが復元されたといふことで、大きく報道されてゐます。
八百長があきらかになったといっても、わたしは別段おどろいたりしません。わたしに限らず、好角家はだれもおどろいたりしてはゐないのではないでせうか。大相撲に八百長乃至は星の貸し借りがあるのは常識のやうなものです。「八百長」の語源が相撲に關係があることも廣く知られてゐることでせう。
野球賭博のときもさうでした。相撲取りが博打好きなのはあたりまへだし、角界とやくざ、もしくは俠客が密接に關係してゐるのも歷史的に當然のことです。相撲にかかわらず興行とやくざといふものは切っても切れない關係があるのですが、特に相撲の場合は力士そのものと俠客が同根ともいふべきところがありますから。だからこそ「め組の喧嘩」なんかが起こるわけですね(火消し・鳶も廣義の俠客である)。
だからといって、野球賭博事件も八百長も、わたしは擁護しようとは思ひません。江戶・明治のむかしならともかく、財團法人として稅制面その他において優遇措置を受けてゐる現在においては、認められることではないでせう。現在、特例財團法人である日本相撲協會は平成25年11月30日までに公益財團法人になるか、一般財團法人になるかをえらばなければなりません。一般財團法人となってしまへば、稅制上の優遇措置の不適用はおろか、公益目的財產額を保有しつづけることはできなくなってしまひます。さうなると國技館の土地も國に返上しなければならなくなってしまひます。
公益財團法人になるためには國の認可を受けなければなりません。「暴力團ともつきあいます。八百長もやります。だけど公益法人として稅制その他優遇は受けさせてください。」といふのが通らないのはあたりまえです。
わたしは保守主義者ですから、角界は傳統をまもってほしい。しかし、傳統をまもるといふことは、なにも變はらないことではありません。エドマンド・バークも言ふやうに、保守するためには改革が必要なのです。映畫「山猫」でもタンクレディが「We must change to remain the same.」と言ってゐます。
變はるための時間はこれまでたっぷりあったはずです。いまどき八百長が發覺するといふのは、それにもかかわらず變はる努力をしてこなかったといふことにほかなりません。おそくとも、みづからも中盆でもあった元板井關の講演があったときからでも八百長撲滅の努力をするべきだったのです。
それなのに元板井關の發言を默殺するやうな擧に出たり、週刊現代記事に對して民事訴訟を起こしたりして、事態を糊塗するだけでした。
もう自分の尻に火がついてゐたにもかかはらず、それに氣がついてゐなかったのです。
おそらくもうこれが最後のチャンスでせう。八百長をはじめ、角界の暗い面をすべて出し切らなければいけません。
つよい批判も受けるでせう。ことによっては本場所の開催自肅さへも考へざるをえなくなるかもしれません。
それでもこの際、徹底的に自己改革をしてほしいのです。角界が傳統をまもって、變はらずに生き殘るためにはみづから變はらなければならないのです。
相撲好きの一人として、ぜひともさうやって、變はらずに生き殘ってほしいと心からねがひます。

もうなにがなにやら

稀代の惡法といふべき東京都靑少年健全育成條例改正案が昨日、可決されてしまひました。この條例改正を推進した人たちは日本をどうしたいのでせうね。北鮮や中共のやうに、言論・表現をお上が隨意に取り締まれるやうな社會にするのが究極の理想なのでせうかね。私が心から誇りとする日本の言論の自由、表現の自由をぶちこはし、さらには世界をリードする日本の漫畫文化を衰頽させようと考へてゐるのかもしれません。この條例改正を推進した人たちは全員、惡質な反日勢力であると斷定せざるを得ません。
さて、その反日勢力の親玉である石原慎太郎都知事は條例改正の成立に際して「あたりまへだあたりまへ。日本人の良識だよ。」と發言したとか。といふことは、石原氏から見れば、この條例に反對する人は良識のない人、といふことになりますね。つまり、ごく一部だけをあげますが、里中満智子、ちばてつや、藤子不二雄A、萩尾望都、西岸良平、こうの史代といった日本を代表する漫畫家はそろひもそろって良識のない人たちなんでせうね。こうの史代さんは文化廳メディア藝術祭マンガ部門大賞を受賞してゐますから、そんな人に賞をあたへる文化廳は良識のない官廳といふことになってしまひさうです。
ちばてつやさんは文部科學大臣賞を受賞してゐますから、文化廳どころかその上級官廳である文部科學省そのものが良識のない官廳なのでせう。
いえ、それどころではありません。ちばさん、西岸良平さんは紫綬襃章を受賞してゐますし、藤子不二雄Aさんは旭日小綬章に敍勳されてゐます。內閣府賞勳局も良識のない官廳といふことになりませうか。
ちなみに襃章も敍勳も天皇の國事行爲です。といふことは、石原氏は閒接的に天皇陛下も良識がないと言ってゐることになってしまひさうです。やっぱり反日勢力……。
なほ、この條例改正に反對を表明してゐるのは個人だけではありません。たとへば日本辯護士聯合會や日本ペンクラブも反對聲明を出してゐます。日辯連もペンクラブも良識のない團體なんでせうね、きっと。それにしても石原氏も猪瀨直樹副知事も、その良識のない日本ペンクラブの會員なんですが、これはなぜなんでせうね。條例改正を「良識」と言ひ切るのなら、石原氏や猪瀨氏はなぜペンクラブを脱退しないのか。こんな良識のない連中と付き合ってゐても平氣なんでせうか。
そんでもって、ナンパした女を輪姦した擧句、崖から突き落として殺す「完全な遊戯」や、ナンパした女を睡眠藥で昏睡させて强姦(正確には準强姦か)し、處女だった女を發狂させてしまふ「処刑の部屋」なんて小說を書いた石原氏は良識があふれてゐるといふことなんでせうか。もうなにがなにやらわかりません。石原氏のいふ「良識」と私の知ってゐる「良識」とはまったく別物のやうです。

なさけない强盜

昨日の朝日新聞の東京都版にあった「强盜未遂容疑 中國人を逮捕 江東のコンビニ」といふ記事。

 20日午後3時半ごろ、江東区のコンビニエンスストア「ミニストップ東陽5丁目店」で、男がレジカウンター内の女性店員(54)に包丁を突きつけ「5千円出せ」と脅し、店員が拒否すると何も取らずに逃走した。付近を警戒していた深川署員が約15分後、約800メートル離れた路上で不審な男を見つけ、職務質問。男は包丁を所持しており、「強盗をやった」と認めたため、強盗未遂と銃刀法違反の疑いで現行犯逮捕した。
 同署によると、男は住所不詳、自称中国籍の無職、科尓泌容疑者(25)。
 一方、中央区の「サンクス日本橋箱崎店」で同日午前10時15分ごろ、男がレジカウンター内の女性店員(37)に刃物を示し「3万円、3万円」と脅し、何も取らずに逃げた。同10時半ごろには、同区の「ローソン茅場町3丁目店」で男がレジカウンター内の女性店員(32)に刃物を突きつけ「2万円出せ」と脅迫。商品の菓子パン2個とウーロン茶(計345円相当)を奪って逃走した。久松、中央両署は同一犯による疑いが強いとみて捜査。科容疑者との関連も調べている。

えーと、この3件が同一犯だった場合、
(1)1件目のコンビニで3萬圓盜らうとして失敗
(2)そこで2件目では2萬圓にしてみたけど、やっぱり失敗、からうじて菓子パンとウーロン茶だけ盜む
(3)3件目では、もっと低い金額ならうまくいくだらうと思って5千圓に大ダンピングしたものの、やっぱり失敗して逮捕される
といふことになりますね。
なんか他人事ながら悲しくなるぐらゐなさけない話ですね。

君子は豹變できるからこそ君子なのだぞ

Yahoo!ニュースの產經新聞記事より。「君子豹変」衆院代表質問で自民・谷垣総裁

(自民黨の谷垣總裁が)民主党のマニフェストについて「約束違反、言行不一致が見受けられる。政権をとったら君子豹変(ひょうへん)が許されるのか」と厳しく批判した。

とのこと。ってことは谷垣さん、民主黨を「君子」だと認めてゐるわけね。で、マニフェストがマチガイだったので、態度をあらためてエライ、と言ってゐるのでせうか。
前總裁は漢字の讀みに弱いことでユーメーでしたが、現總裁は漢籍に弱い、といふことでせうか。

さすがは產經新聞

今回の總選擧結果について、產經新聞の公式twitterが

産経新聞が初めて下野なう

でも、民主党さんの思うとおりにはさせないぜ。これからが、産経新聞の真価を発揮するところ。

と書いたことが話題になってゐますね。さすがは產經新聞さん、みづから自民黨の機關紙であることを公言したわけですね。
まあ、後者の發言だけなら

これまで同様に客観的な事実に基づき、中立的な立場に立った上で、公正な報道をするよう、さらなる努力をしていきます。

といふ意味だった、と强辯もできませうが、前者は自分たちがずっと政權與黨の一部であった、と斷言してゐるわけですからね。(あれ、細川・羽田內閣のときは……)
それにしても「自由民主」とか「しんぶん赤旗」のやうな政黨自身發行の機關紙ではなく、營利紙でありながら政黨の機關紙でもあるって、產經新聞社內は明治時代がつづいてゐるんですかね。

ところでボーガスニュースで知ったのだけど、產經新聞は都議選のあとで「なぜ自民は慘敗したのか 政治部長・乾正人」といふ論說を發表してゐるんですね。それによると、都議選で自民黨が敗北したのは

安倍晋三、福田康夫、麻生の3代にわたる首相が靖国神社参拝に踏み切れなかったことを最も大きな理由として挙げたい

とのことです。
さうか、黨首が靖國神社に參拜すれば選擧に勝てるのか。さすがは產經新聞、わたしなどのとてもおよぶところではない獨創的な見解をお持ちのやうです。

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