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2019年10月に作成された記事

吾妻ひでお先生、逝去

實質開店休業状態の當日乘だが、やはりこれだけは書いておかなければならない。
すでに報道されてゐることだが、10月13日に吾妻ひでお先生が逝去された。鬪病中だつた食道癌によるものだつた。
なぜ書いておかなければならないのか。くはしくは當日乘の「カテゴリー」の「アニメ・コミック」内の記事を讀んでいただきたいが、早い話が私の人生に尤も影響を與へた人、それが吾妻先生だからだ。
私の大學時代の生活は、吾妻先生を中心に囘つてゐた。いつも吾妻漫畫のことばかり考へてゐたし、ファンクラブでの活動が自分の中で大きな比率を占めてゐた。
そのことをいまさら書くことはしないけれど、思へばそこで知り合つた人たちの中にもすでに鬼籍に入つた人が何人もゐる。9年前にMN(舊姓MH)さん、昨年は後藤修一さん、今年2月には我が妻である舊姓ES。そしてとうとう吾妻先生も。時の流れといふものは本當に殘酷だ。
先生の訃報は一昨日に流れたのだが、私が知つたのは一日遲れて昨日。朝、目が醒めてネットを覗いてゐたら、目に飛び込んできた。おかげで昨日は關聯のtogetterとかを片つ端から見たりしてつぶれてしまつた。
5ちやんねるとかでは當然のごとく「よく知らない人」とか「誰?」とか「一発屋」とか、なぜかホラー漫畫家と間違つてゐる人とかいつぱいいたけれど。
思へば吾妻ひでお(以下敬稱略)は不思議な漫畫家だ。もともとは漫畫王、少年チャンピオン系のメジャー漫畫家で、「ふたりと5人」は當時チャンピオンの準看板作品でもあつたのだが、これは特筆すべき作品ではない。
しかし、メジャーからマイナーへ移行してからの諸作品は不條理ギャグ漫畫の元祖であつたり、ひたすらシュールレアリズムな作品であつたり、美少女漫畫の創始者(と言つて良いと思ふ)で、萌えの源流であつたり、ひいてはkawaii文化の一つの源流とも言へたり、えすえふギャグの泰斗であつたり、吾妻ひでおなくしては漫畫史を語れない存在となつてしまつた。マイナー漫畫家でありながら漫畫シーンに多大な影響を與へた人、といふ點ではつげ義春に比肩すべき存在かもしれない。さつきの「誰?」とか言つてゐる人たちも、あなた方が讀んでゐる漫畫やライトノベルつて、そのほとんどが直接間接に吾妻ひでおの影響を受けてゐるのですよ。
ところで「失踪日記」が代表作あつかひされることに不滿を述べる人あり、初期作品ではなく後期作品が代表作に舉げられるといふことは長くにわたつて活躍した證據であるといふ人もあり。後者の意見はもつともで、大昔の作品しか舉げられないよりは良いことかもしれない。だけど、「失踪日記」だけを舉げられることの違和感はやはり持たざるを得ない。「やけくそ天使」でも「スクラップ學園」でも「不条理日記」でも「どーでもいんなーすぺーす」でも「メチルメタフィジーク」でも「ななこSOS」でもなんでも良いから、「あの時代」の吾妻作品も舉げてほしいよね。だつて、たとへば堀内孝雄を紹介するのに單に「演歌歌手」と言はれたら、いや、今の主なフィールドは演歌・歌謠曲だけど、アリス時代を無視するな、と言ひたくなるでしよ。
ああ、なんか全然まとまらないなあ。まあいいや。とにかく吾妻先生の死を日乘に記すことができれば。
それにしても吾妻ファンの同志でもあつた妻の死と合はせて、今年は確實に私にとつて一つの時代が終はつた年になつたと言はざるを得ない。ひたぶるに物悲し。

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