果たし合ひに出かける侍
の氣持ちださうです。はい、例の石原愼太郎元東京都知事の記者會見ですね。
それで肝腎の内容はといふと、「知らない」「わからない」の連發。そのうへ「私一人といふよりも行政全體の責任」「いまの混亂は豐洲移轉を止めてゐる小池現知事の責任」ださうです。たしか移轉決定當時は自分のリーダーシップで決定したやうなことをおっしゃってゐたやうに思ふのですが。つまりは「手柄はすべて俺のもの」「責任はすべて他人のもの」といふことですかね。
いやー、立派な侍ぶりですね。ここはひとつ、平田弘史先生にしかっていただきたい。
平田弘史先生の劇畫に出てくる侍ならば「それがしが任命した役人が進め、それがしが認可した案件。なんの申し開きやうもござらん。すべてはそれがしの責任でござる。この腹をかっさばいてお詫び申し上げる。」とか言って、切腹して果てる場面だと思ひますね。
侍の氣風のかけらもない人に侍を稱してほしくはありませんね。
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