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ルーのおもひで

うちでは猫を二匹飼ってゐます。ともに妻の連れ子です。去年の4月から一緒に暮らしてゐます。
一匹はルー。牡のキジトラ。體長60センチ近くある大猫で、體重も7キロ弱あります。
もう一匹はサーヤ。牝の白ブチ。これは40センチぐらゐの普通サイズです。
わたしは獨身時代からダブルベッドをつかってゐました。寢ることと寢ころんでなにかを讀むことが自宅での生活の主要な部分を占めてゐたためです。ですから昨年4月の結婚後もそのまま二人でダブルベッドをつかってゐます。一人で悠々とダブルベッドを專有してゐたのが狹くなってしまふのはしかたのないところ。猫たちはどこか適當な場所を見つけて寢るだらうと思ってゐました。
ところが猫たちまで一緒にベッドで寢るやうになってしまひました。ダブルベッドを一人で悠々から二人と二匹でキツキツといふ大いなる環境の變化。夜ばかりではなく、晝間でも猫たちはかなりの時間ベッドの上にゐます。
サーヤは生後推定1箇月である人にひろはれ、その人が飼へないので、妻が引き取ることになったさうです。そんなころからそだてられてゐるため、妻のことを本當にママだと思ってゐるやうなところがあります。寢るときは妻の枕もとが定位置でした。ときどきちかくの棚のあいたスペースなんかで寢てゐることもありましたが。
ルーは生後3箇月まで母猫に育てられてから引き取られたためか、妻にべったりといふことはありませんでした。わたしにもよくなついてゐて、寢るときはわたしの脚元。あるいは脚の上。なにしろ7キロ近くある大猫ですから、これに乘られると大變重いのです。
秋になると、猫の寢る場所に變化がありました。二匹ともわたしの脚元で寢るやうになりました。二匹で、まるで兄妹のやうによりそって寢ます。寒くなってきたため、かたまって寢るのでせうか。ときどきおたがひをなめて毛づくろいをし、それがエスカレートすると取っ組み合ひになります。わたしの脚の上でドタバタします。さうでなくても二匹で脚の上に乘られると身動きができませんし、脚の上でなくてもこの二匹を避けて寢ようとすると、脚の位置が大變苦しいことになります。
そんな二匹ですが、今日はおもにルーのはなしをしたいと思ひます。
ルーは先にも書いたとほり、堂々とした體格です。サーヤをはじめて見た人は「まあかはいい。」と言ふのに對して、ルーをはじめて見た人は「うわ、でか!」と言ひます。ついでに書くと、なかなか野性味のある凛々しい顏立ちをしてをり、わたしなどはたわむれに「こいつは32分の1ぐらゐ虎の血がまじってゐる。」と言ってゐました。
そんな立派な押し出しのくせにこわがりで、雷がなると一目散にものかげにかくれてしまひます。以前、窓からカナブンがとびこんできたとき、目の前で飛びまはるのを見て怖がってゐたさうです。それでも男氣はあるらしく、妻の獨身時代、近くに住む妻の父がたづねてきたら、知らない人が來たと思ったのか「この家に男は僕だけだからね、ママとサーヤは僕が護るからね。」とばかりに妻の父にむかってフーッフーッと威嚇しながら後ずさりをしてゐたさうです。一生忘れられない傑作な姿だったといひます。
また、大きな體と凛々しい顏に似合はず大變なさみしがりやで甘えん坊です。猫は孤獨を好むところがあり、サーヤも半日ぐらゐクローゼットにこもって一人で寢てゐることがありますが、ルーはさういふことが滅多にありません。大抵ベッドの上か、さうでなくてもわたしたちの目のつくところにゐます。わたしと妻がならんですわってゐると、あひだにすわりこんで、「ここにゐれば二人からかまってもらへる。」みたいな顏をしてゐます。
永年飼ってきた妻だけではなく、わたしをもおほいにしたってゐます。
うちではリビングと續きの部屋にベッドを置いて、この2室をおもな生活空間としてをります。猫がマンションの部屋中を歩きまはって全室毛だらけにされてもこまるので、リビングの入口のドアを閉めておいて猫は廊下に出られないやうにしてゐるのですが、わたしが外から歸ってきたり、あるいは風呂から上がるとその音を聞きつけてドアの前までお出迎へにやってきて、お坐りのポーズで待ってゐます。最近はサボり氣味でしたが。
ときどきわたしの布團の中にもぐりこんできます。脚と脚の間の空間が掛け布團の壓迫が輕くなるためかお氣に入りで、わたしが脚を閉ぢてゐるときでさへも強引に脚と脚の間にもぐりこんできます。自分でうまく布團にもぐれないときは、わたしの襟や袖を前脚でちょいちょいとひっぱって、「入れて入れて」とおねだりします。
わたしのそばにのそのそっと寄ってきて、顏を見つめてかまってオーラを全開にしたりします。かと思ふとただ寄ってきてとなりにすわって、のどをゴロゴロ鳴らしてゐたりします。
なでられるのが大好きで、頭をなでてやるとうっとりとした顏をします。喉をくすぐってやると得も言はれぬ氣持ちよささうな顏をします。
夜、わたしが讀み物を終へて、寢ようとして電氣を消すと、脚元にゐたのがすっと横までよってきてすわります。手があいたのを見てかまはれに來たのかなと思ってなでてやると、30秒ぐらゐしてもとの位置に戻っていきます。お休みの御挨拶なんでせうか。そのまま横で寢てゐてもかまはないのに。
ちょっと離れたところからこっちをぢっと見てゐるので、「どうした、こっち來い。」と手招きをすると、すっと寄って來ました。
普段、猫の世話は妻がしてゐるのですが、たまたま妻が出かけてゐたりするときにルーが糞をしたりゲロを吐いたりしてわたしが始末をしてやると、おすわりしてぢっとその樣子を見つめてゐます。始末が終はるとそばに寄って來てわたしの顏をのぞきこみます。「おてまかけてごめんね、お掃除してくれてありがたうね。」とでも言ってゐるやうです。
妻が用事で4日ほど家をあけたら、その間に顏を忘れてしまふアホな子でもありました。すぐに思ひ出しましたけどね。
かと思ふと、先に廊下につながるドアを閉めてゐると書きましたが、伸び上がってノブにつかまってドアを開けることをおぼえてしまふやうな利口な子でもありました。おかげで結局部屋中を歩き囘られることになってしまひました。つひには電燈のスイッチまで勝手に入れるやうになりました。
とてもおとなしい子でした。サーヤはときどきわたしに對してひっかくそぶりをするのですが、ルーは一切そんなことがありません。サーヤをかまふときは多少の警戒が必要なのですが、ルーにはその必要はまったくありませんでした。安心して肉球もいぢれます。ただし藥を飮ませるときは抵抗しますので、このときには爪にやられたことはあります。
とてもやさしい子でした。妻がまとはりついてきたサーヤの尻尾をうっかり踏んで、サーヤがギャッと悲鳴を上げると脱兔のごとくサーヤのもとにとんでいきました。
刺身を猫たちにおすそ分けすると、まづルーがお毒見よろしく一切れ食べて、「サーヤおあがり。」とばかりにさがってしまひます。サーヤがひとしきり食べて離れると、「もういいの?ぢゃあ僕が食べるね。」と殘りを食べてゐました。
そのルーが昨年10月から病院通ひになりました。きっかけは血尿。血尿自體は2年に1度くらゐあったらしいのですが、それにくはへて10分おきくらゐにおしっこをしてゐます。どうも泌尿器に異常があるやうでした。
そのうへ短い時間に何度も何度も吐きました。もともと吐き癖のある子で、2~3日に1囘ぐらゐは吐いてゐたのですが、この時は十數分の間に數囘とか、異常でした。
調べると、うちから徒歩20分ぐらゐのところに動物病院がありました。おとなしくキャリーケースには入ってくれないので、洗濯ネットに押し込んで、それからキャリーケースに入れ、うちは自動車を持ってゐないのでキャリーケースをさげて連れて行きました。これがなにしろ7キロ近くありますから大變なのです。
血止めの藥をもらひ、週1囘ぐらゐの動物病院通ひが始まりました。血尿がおさまってきてあらためて檢査すると、尿に石の成分が混じってゐることもわかりました。フードを療法食に變へて、投藥を續けることでこちらはほぼおさまりました。
同時に吐き止めの藥ももらひました。最初の藥はあまり效かなかったのですが、別の藥に變へてもらふと吐き癖がピタリとおさまりました。通院も2週間に1度くらゐになりました。
そんなある日、丁度通院の日だったと思ひますが、ルーの呼吸がやたらこまかいのに妻が氣がつきました。レントゲンやエコー檢査などで、心臟壁が肥大してをり、肺に水がたまってゐるのがわかりました。組織を取っての檢査の結果、感染症などでないことはわかりましたが、くはしいことは大學の獸醫科病院ででも檢査しなければわからないとのことです。うちからは近いところでも片道2~3時間はかかります。檢討しましたが、かへってその道中がストレスにもなりかねないので、このまま投藥のみを續けることにしました。
その後の經過は比較的順調で、3週間に1度、水を拔いてもらふのと、藥をもらふために動物病院に行くだけ。呼吸の異常もなく、食欲も十分、元氣に走り囘ったり甘えたりしてゐます。藥を飮ませるのには大いに苦勞をしてゐますが。
一昨日の2月23日、猫の日の翌日ですね。3週間ぶりに動物病院に連れて行きました。いつもどほり逃げまはるルーを洗濯ネットで袋の猫にして、キャリーケースに入れて運びます。「出してー、出してー。」と鳴いてゐるのもいつもどほり。あきらめたのかだんだん鳴かなくなるのもこれまたいつもどほり。
ところが動物病院が近づいてきたころ、いつになくキャリーケースの中で暴れました。一旦おさまったのですが、動物病院まであと5分もないところでふたたび大暴れをします。あまり暴れるので地面に置いて樣子を見たら、せまいケースの中でぐるぐる囘るやうにしてゐます。洗濯ネットをかぶったまま頭をはねあげ、キャリーケースのふたについてゐる顏を出すために開けられるやうになってゐる部分を跳ねあげてしまひました。
その後はおとなしくなったのでそのまま病院に連れて行くと、この日は先客がをらず、すぐに診てもらへました。
キャリーケースから先生が取り出すと、洗濯ネットに血がついてゐます。さきほど暴れたときに怪我でもしたのかと思ひましたが、洗濯ネットをあけるとぐったりしてゐます。先生が「あれ、息してゐないみたい。」とおっしゃいます。わたしと妻を診察室に待たせたまま、先生はルーを處置室に連れて行きます。しばらく待たされたあと、處置室に呼ばれました。
先生がルーに心臟マッサージをしてゐます。口は人工呼吸器につながれてゐます。點滴も打たれてゐます。先生がおっしゃいました。「このやうに處置をしてゐますが、心臟マッサージをやめると、このとほり、心電圖がフラットになってしまひます。處置をはじめて30分たちました。かういふときは30分が目安となってをります。これで蘇生しなけえればもう難しいでせう。御希望ならつづけますが、いかがなさいますか。」
わたしと妻は運命のときが來たと悟りました。「もう結構です。ありがたうございました。」と答へました。正確な誕生日はわかりませんが、あと一週間か十日で10歳になるところでした。
思へば心臟壁肥大の診斷をもらったとき、心臟に發作が起こったらすぐに處置をしないとたすからない、また、すぐに處置をしてもたすからない場合が多い、と聞かされてゐました。先ほど暴れてゐたのは發作が起きて苦しくてもがいてゐたのでせう。その後、5分ぐらゐで處置したのに助からなかったのだから、本當にどうしやうもなかったのでせう。
最期のときは苦しみもがいたやうではありますが、その直前まで普通に元氣に走ったり甘えたりしてゐたのがせめてものなぐさめです。
よく、人間の場合は、良い人ほど佛樣が早く自分のそばに來るやうにと呼び寄せてしまふ、だなんていひます。ルーも先に書いたとほり、とてもやさしい子でした。ずっと家猫でしたので人見知りではありましたが、おそらくだれからも好かれる性格だったと思ひます。そんなやさしい子だったので、佛樣に招かれたのでせうか。
でもね、佛樣、そんなに急いで招かなくったっていいぢゃありませんか。快方に向かってゐると思ってゐたのに。覺悟をする暇もなかったではありませんか。わたしや妻はもちろん、サーヤもさみしがってゐますよ。ルーの姿を求めて家中うろうろさがしてゐますよ。
動物病院でダンボールの假の棺に入れてもらひました。花一輪を添へてくださいました。さういへばルーは、花をかざってゐるとその花をかじったりしてゐたなあと思ひだしました。
ルーの遺體を持って歸宅後、獸醫さんに教へていただいた動物の燒き場に電話をしました。24日の午後一番の豫約が取れました。遺體は煖房を入れてゐない部屋に置かうかと思ったのですが、ルーがさびしがる、一晩なら大丈夫と妻が言ふので、リビングの我々のそばにおいてやることにしました。
この日はなにもする氣になれず、早々に寢てしまひました。
翌朝、目がさめると妻がルーの遺體をバスタオルにくるみ、ベッドに連れてきてゐました。わたしと妻との間に寢かせてゐました。いつも「脚元で寢ると邪魔だからどうせならここで寢ればいいのに。」と言ってゐた、その位置です。妻がルーを抱き上げ、この子は抱っこが嫌ひだったからかうなってはじめて抱っこさせてくれた、と言ひました。
燒き場から迎へが來、ルーを連れて車に乘り込みました。信頼してゐる獸醫さんの紹介してくれたところだけあって、感じのよいところでした。さすがに大きな體だけあって、お骨になるまでにも少し時間がかかったやうです。お骨の説明をしてもらひましたが、左胸の骨が少し緑色に變色してゐました。心臟病の影響だったのでせうか。
骨壺に骨を何個か拾ひ、骨壺を錦の袋に包んでもらって持ち歸りました。あんなに重かったルーが、小指一本で持てるほど輕くなってしまひました。
ルー、もうお淨土についたかい。先輩のマオちゃんもそっちにはゐるんだらう。阿彌陀樣にもお釋迦樣にもそのほかの佛樣にもいっぱい甘えていっぱいかわいがってもらふんだよ。さやうなら、ルー。

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コメント

せつない。せつないです。生き物だから仕方ないです。せつないのも仕方ないよね。

>やまざきたろう樣

ありがたうございます。
自分よりはやく逝くのはもちろん覺悟してゐましたが、なにしろあまりにも突然だったもので、ショックでした。
サーヤがいままで聞いたことのない聲で鳴きながら部屋中をうろうろしてゐます。きっとお兄ちゃんどこ行ったの、ってさがしてゐるんでせうね。

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