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2012年9月に作成された記事

ネット民曰く「マスコミはうそをつく」 しかしネットもうそをつく

『痛いニュース』に『MBS「安倍の今日のお昼は3500円のカツカレー!庶民感覚がない!」 なお鳩山の連日豪華ディナーはスルー』といふ記事がのってゐた。一讀、「いくらなんでもそこまで野暮な批判をするかなあ。そもそもこの記事、ソースがないなあ。」と感じた。
さうしたらこの件について、togetterにいくつかまとめがあった。たとへばこれ
なあんだ、その番組って『ちちんぷいぷい』ぢゃない。このtogetterから當該部分のYouTubeも見られるから、確認してみるといい。レポートした山中真アナウンサーがスタジオに向けて、皆さんいくらだと思ひます、と問ひかけて、だれも當てられなかったので、「(スタジオの)みなさん、庶民ですね〜。」とまぜっかへしただけぢゃん。これを「庶民感覺がない!」と批判したやうな見出しをつけるのははっきりいへば捏造のレベルだ。
togetterのコメントをながめてゐると、それでも裏の意図があるだの、言外に安倍批判をしてゐるだの、(山中アナが誤解だとのツイートをしたのを受けて)誤解をまねくやうな言ひかたが云々だとか書いてゐる人もゐるけどねえ。何度も言ふけど、『ちちんぷいぷい』だからねえ。あの番組は報道番組ではないし、ワイドショーですらない。言ってみれば、雜談といふか、井戸端會議といふかを何時間にもわたってゆるゆるとやってゐるやうな番組だ。まあ一応、カテゴリーとしては情報番組なのかもしれないけれど、決してそんな氣取ったものではない。
ぢゃあなんでわざわざ高級ホテルでカツカレーを食べただの、3,500圓だのと言ふのかってコメントもあったけど、だからさういふ番組なんだって。井戸端會議で「安倍さんたち、勝利を期してカツカレーを食べたさうよ。」「もちろんCoCo壹番屋とかぢゃなくて高級ホテルの食堂だけど。」「さういふとこだとおいくらぐらゐするのかしら。1,500圓?2,000圓?ひょっとして3,000圓ぐらゐ?」「あ〜らみなさん、やっぱり庶民ね〜。3,500圓ださうよ。」「さすがに違ふもんね〜。」「だれがお金はらふのかしらね〜。」といふノリでしかない。まあ、關西人にとっては日常的な風景だ。別にそれをケシカラン、だとか思っちゃゐません。若干うらやましくは思ってゐるかも知れないけれど。
ですからみなさん、マスコミは(もしくは毎日系は)つねに自民黨や安倍さんにいちゃもんつけようと考へてゐると思はない方がいいし、ネットに書いてあることを鵜呑みにもしない方がいいと思ひますよ。

DQNネームはやっぱりDQNネームだ

Business Journalに「宇多田ヒカルに村上春樹も! なぜDQNネームは批判される?」といふ記事がのってゐた。この記事、をかしなところだらけだ。ちょっと目についたところをコメントしてみよう。

まづ村上春樹の件だが、「ねじまき鳥クロニクル」は小説であって、小説と現實とを一緒にしてはいけない。

武士の名前には實名(じつみゃう。諱ともいふ)と假名(けみゃう。通稱ともいふ)がある。このうち實名がもっとも正式の名前ではあるが、これは普段は使はない。そもそも聲に出して呼ぶものではない。一應、主君と親と師は呼んでもよいことになってゐるさうだが、彼らとて實名で人を呼ぶことはまづない。假名か、上級武士であれば官名で呼んだであらう。たとへば徳川吉宗は大岡忠相を「ただすけ」とは呼んでゐまい。「越前」と呼んでゐたはずだ。
實名といふものは文書、特に公文書用の名前であり、ことに本人が署名するための名前だった。だから書ければよいのであり、あへて言へば讀める必要はなかった。ゆゑに今でも讀みのはっきりしないものが少なくない。
織田信雄は「のぶを」か「のぶかつ」か。瀧川一益は「いちます」か「かずます」か。大石良雄は「よしを」か「よしたか」か。吉良義央は「よしなか」か「よしひさ」か(現在は「よしひさ」説が主流)。はっきりしないのだ。
そのかはり假名はそれぞれ「三介」「彦右衞門」「内藏助」「左近」と、讀むのにまぎれがない。こちらは口頭で呼ばれる名前だからだ。
この記述はかうした歴史的事實を無視したものとしか言ひやうがない。

鷗外は歐米でもわかりやすい名前を、といふ考へで子供の名前をつけた。たしかに日本人的な名前ではないが、讀ませかたに無理はない。
大杉榮はなにしろアナキストだ。すくなくとも當時の概念では「まともな人」ではない。いはば秩序破壞者だ。一般例にはならない。
鐵幹・晶子の場合も鷗外とおなじ。とても讀めないヘンな字を當ててゐるわけではない。

江崎玲於奈、三浦朱門も讀みに無理はない。特に三浦は言はれなければシモンだとは氣がつかない、むしろ古風にすら感じるレベルと言へる。
大江健三郎はまあ、ノーベル賞は受けても文化勳章は拒否するやうな人だからなあ。日本嫌ひの日本人であるから、見本にはならない。

「彌勒」といふのはたしかに大きく出たなあ、といふ感じだが、讀みがヘンなわけでもないし、「向日葵」に至ってはそもそもなにがヘンなのかさっぱりわからない。女の子の名前に花の名前をつけるのはそんなにDQNなのか。「さくら」だとか「百合」があるのだから、向日葵だってまったく不思議ではない。
また内田春菊はその獨特の生い立ちや感性からしても、一般的な知識人と同列にはできない。大森望については、まあ、かはってはゐるはなあ。どう見ても朝比奈みくるちゃんですよね、これは。(でも萌えない)

それから君枝、和子、節子って、絶滅してます?普通にある名前だと思ふけど。逆に美羽、杏、眞理って、そんなに藝能人みたいですか。特に眞理なんてむかしから定番の名前だと思ふのだけど。
「心愛」のくだりなんてなにを言ひたいのかさっぱりわからない。11年なんて去年でせう。まさにいま、DQNネームがはびこってゐる現状を示してゐるだけではありませんか。

總じて言へば、この記事はただただ現状を追認し、若い世代に對して猫なで聲で「わかるわかる、をぢさんはわかってるよ」と媚びてゐるだけの愚劣なものと斷じて大過ないであらう。

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