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【書評】成毛眞著「日本人の9割に英語はいらない」

なかなか痛快な本であった。成毛氏がこの本で主張してゐることを亂暴にまとめると、以下のやうになるだらう。

これからの世の中、英語ができなければ生きていけないやうに言はれるが、そんなことはない。英語を必要とするのはざっくり試算すれば日本人の1割でしかない。必要もないのに英語を勉強するのはカネと時間の無駄。そんな餘裕があるのなら、日本語の本の讀書で本物の教養を身につけろ。いつか自分の勤務先が外資に買收されるかもしれない、いつか海外赴任することがあるかもしれない、それにそなへてあらかじめ英語を勉強するのは無駄なこと。さうならなかったら役に立たないし、そもそも一旦おぼえてもどんどん忘れていくのだから、必要にせまられてから泥繩式に勉強すればよい。社内公用語を英語にしたら英語しか能のないやつが幅をきかせるだけ。小學生からの英語教育も無駄。英語の第二公用語化なんてとんでもない。それは文化的に植民地になるやうなものだ。それよりは日本文化の理解をふかめる方が有用だ。インド・フィリピン・ブータン等の國民が日本の國民よりずっと英語ができると言はれるが、それはその必要がある(さうでないと國がなりたたない)からだ。決してしあはせなことではない。云々。

内容的には日ごろわたしが思ったり主張したりしてゐることと大差ない(たとへばこのエントリのコメント欄を參照)。ただ、高校・大學と英語(第二外國語の中國語も)では何度も赤點をいただいたわたしが言っても説得力にかけるが、マイクロソフト日本法人の社長だった成毛氏が言ふと説得力がある。
もちろん、成毛氏は「1割の人」に英語が必要であることは否定しない。その「1割の人」には外資系企業に勤務する人、長期海外滯在者、研究者・醫師、等のみならず、外人觀光客等を相手にする人(外人の泊まるホテルの從業員はもとより、新幹線の車掌、デパートの店員等)もふくまれる。そしてこの本の最後の第6章では、さういふ人のために、成毛氏が英語を身につけたときの方法を紹介する。それがだれにでも適用可能かどうかはわからないが、參考にはなるだらうし、自分の状況にあはせてアレンジすれば、応用は可能だらう。

といふわけで、たいへんおもしろく讀ませてもらったが、第3章「本当の『学問』をしよう」の書きかたにはちょっとひっかかるところがあった。内容に、ではない。そちらはおほむね同意する。あくまで書きかたそのものだ。
まづ、サダム・フセインのエピソードを紹介するところ。

> ジョークをよく飛ばし、小鳥にえさをあげ、神への祈りも欠かさず(後略)

とある。「小鳥にえさをあげ」はいただけない。かういふ表現をすると文章が安っぽくなる。成毛氏は本書のなかで、英語を勉強する以前にきちんとした日本語を身につけるはうが大切だ、といふ趣旨のことも述べてゐるだけに、これは殘念だった。
それから、2010年夏の東大駒場生協の文庫本賣上のトップが「僕は友達が少ない」であったことを紹介して、「東大生、大丈夫か?」と書いてゐるが、2010年夏の、それも文庫本にかぎった賣上のトップに噛みついてもしかたがないと思ふ。教養系の本は文庫以外の形態で出てゐることが多いし(成毛氏が第5章で推薦してゐる本もほとんどが文庫本ではない)、ライトノベルのやうな娯樂書はみんなが讀むから讀む、といふベストセラー的な傾向をもつのだから、それがトップに來たってなんの不思議もない。成毛氏は

> 読んでもいいが、大学の生協で買わずに、アマゾンでこっそり注文するぐらいのプライドは持つべきだろう。

と書いてゐるが、なぜ、そこまでしなければいけないのか。生協で買ったっていいぢゃない。5%か10%安く買へるんだし。見榮のために本を買ふわけぢゃないのだから。
むづかしさうな本ばかり東大生協のベストセラーにならんでゐるより、「あいつは(あるいは東大生は)ライトノベルばかり讀んでゐるやうに見えるけど、實は深い教養がある。いったいいつ勉強してゐるんだらう。」ぐらゐに思はれたはうがかへってカッコよいではないか。
それから成毛氏は東大のことを「最高学府」とかいてゐる。文脈からすると、日本の大學の最高峰の意味でもちゐてゐるやうだ。だが、「最高學府」とは單に大學の意味だ。このあたりも少々いただけない。
それから、東大生の折り紙サークルの話題を持ち出し、

> 「東大に入っておきながら折り紙か?」と呆れ果ててしまう。

とも書いてゐるが、彼らとて折り紙しかしてゐないわけではあるまい。折り紙「も」してゐたからといって何ら批判するには當たらないと思ふが。
さう言ふ成毛氏御自身も贖讀してゐる英語雜誌のうちの1誌として「モデル・エンジニア・マガジン」をあげてゐる。これとて「いい大人が船や飛行機のミニチュア模型作りか」と言へなくもない。他人の趣味の領域にまでケチはつけないはうがよい。

まあ、さういったこまかい缺點はあるものの、やたらに英語をあがめる人、英語ができないと生きていけないと思ってゐる人、英語さへできれば未來は薔薇色だと思ってゐる人、英語を第二公用語や社内公用語にすることがグローバル化だと思ってゐる人にはカウンターパンチになっておもしろい本だと思ふ。安くて讀みやすい本だから、目をとおしてみるのも惡くないと思ふ。

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