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2011年10月に作成された記事

大坂城代と京都所司代

山内昌之東京大學大學院綜合文化研究科教授が毎週木曜日に産經新聞に連載してゐる【幕末から学ぶ現在(いま)】、本日掲載の第133囘は「松平定敬(上)」。そのなかにつぎの記述がある。

民生の権限が京都町奉行へ委譲された後、所司代は大坂城代を経て幕府老中に上りつめる譜代大名のキャリアパスの一部となる。

この記述はまちがひである。これだと大坂城代は京都所司代より上席であり、所司代經驗者が大坂城代に榮轉することが多かったといふことになるが、そんな事實はない。
京都所司代は江戸時代初期には幕府でも最重要の職務であった。それといふのも、所司代には朝廷對策、西國大名の監視とならんで大坂城に健在であった豐臣氏對策の最前線といふ職責があったからだ。當時の所司代板倉勝重は、老中と同等の權威を有してゐたと見てよい。それは次代の所司代で勝重の長男である重宗も同樣だ。
勝重の孫にあたる板倉重矩(重宗の甥)は老中から京都所司代に轉任し、その後老中に復してゐる。このあたりの事情をみると、當時は老中と所司代に明確な上下關係はなかったと考へてよからう。
しかし時代が進み、江戸幕府の職制がかたまってくるにつれ、京都所司代は老中の次位と位置づけられていったやうだ。だが、官位は老中と同等の從四位下侍從であり、從四位下には敍されても侍從にはならない大坂城代よりもあきらかに上席である。
いや、そんなことよりも、京都所司代經驗者56人中、その後に大坂城代になったものは一人もゐないといふ事實が「大坂城代を経て」が誤りであることを示してゐる。逆に大坂城代から京都所司代になったものは70人中26人。
なほ、所司代から老中になったものは、56代中、先の板倉重矩をふくめて35人もゐる(途中、西丸老中・溜詰格等を經たものをふくむ)。
すなはち大坂城代→京都所司代→老中といふのが典型的な昇進コースだったのだ。
山内教授はWikipediaによると「専攻は近代イスラム・中央アジア史と国際関係史」とのことで、國史學者ではないので、このまちがひはそれほど責めるにはあたいしない。(でもなぜ近代イスラム・中央アジア史家が幕末のことを新聞連載してゐるんだらう。)實は笹間良彦博士の「江戸幕府役職集成」にこれとおなじまちがひ(所司代は大坂城代を經て幕府老中に上りつめる云々)がある。おそらく山内教授は同書を參考にしたのだらう。しかし笹間博士は國史學者(ただし專門は武具・甲冑の研究)であるので、このまちがひは問題だ。しかも「江戸幕府役職集成」といふリファレンスに使用される本での誤りは罪が重い。
笹間博士といへば、「好色艶語辞典 性語類聚抄」でもビニール本の語釋をまちがへて書いてゐたりする。あの時代に生きてゐて、少なくともさういふものに興味を持ってゐた人間にとってはまちがひやうがないと思ふのだが、なぜか勘ちがひしてゐる。思ひこみのはげしい人だったのかもしれない。

(文中の昇進者數は粗忽亭調べ。數えまちがひがありましたら御容赦ください。)

【書評】成毛眞著「日本人の9割に英語はいらない」

なかなか痛快な本であった。成毛氏がこの本で主張してゐることを亂暴にまとめると、以下のやうになるだらう。

これからの世の中、英語ができなければ生きていけないやうに言はれるが、そんなことはない。英語を必要とするのはざっくり試算すれば日本人の1割でしかない。必要もないのに英語を勉強するのはカネと時間の無駄。そんな餘裕があるのなら、日本語の本の讀書で本物の教養を身につけろ。いつか自分の勤務先が外資に買收されるかもしれない、いつか海外赴任することがあるかもしれない、それにそなへてあらかじめ英語を勉強するのは無駄なこと。さうならなかったら役に立たないし、そもそも一旦おぼえてもどんどん忘れていくのだから、必要にせまられてから泥繩式に勉強すればよい。社内公用語を英語にしたら英語しか能のないやつが幅をきかせるだけ。小學生からの英語教育も無駄。英語の第二公用語化なんてとんでもない。それは文化的に植民地になるやうなものだ。それよりは日本文化の理解をふかめる方が有用だ。インド・フィリピン・ブータン等の國民が日本の國民よりずっと英語ができると言はれるが、それはその必要がある(さうでないと國がなりたたない)からだ。決してしあはせなことではない。云々。

内容的には日ごろわたしが思ったり主張したりしてゐることと大差ない(たとへばこのエントリのコメント欄を參照)。ただ、高校・大學と英語(第二外國語の中國語も)では何度も赤點をいただいたわたしが言っても説得力にかけるが、マイクロソフト日本法人の社長だった成毛氏が言ふと説得力がある。
もちろん、成毛氏は「1割の人」に英語が必要であることは否定しない。その「1割の人」には外資系企業に勤務する人、長期海外滯在者、研究者・醫師、等のみならず、外人觀光客等を相手にする人(外人の泊まるホテルの從業員はもとより、新幹線の車掌、デパートの店員等)もふくまれる。そしてこの本の最後の第6章では、さういふ人のために、成毛氏が英語を身につけたときの方法を紹介する。それがだれにでも適用可能かどうかはわからないが、參考にはなるだらうし、自分の状況にあはせてアレンジすれば、応用は可能だらう。

といふわけで、たいへんおもしろく讀ませてもらったが、第3章「本当の『学問』をしよう」の書きかたにはちょっとひっかかるところがあった。内容に、ではない。そちらはおほむね同意する。あくまで書きかたそのものだ。
まづ、サダム・フセインのエピソードを紹介するところ。

> ジョークをよく飛ばし、小鳥にえさをあげ、神への祈りも欠かさず(後略)

とある。「小鳥にえさをあげ」はいただけない。かういふ表現をすると文章が安っぽくなる。成毛氏は本書のなかで、英語を勉強する以前にきちんとした日本語を身につけるはうが大切だ、といふ趣旨のことも述べてゐるだけに、これは殘念だった。
それから、2010年夏の東大駒場生協の文庫本賣上のトップが「僕は友達が少ない」であったことを紹介して、「東大生、大丈夫か?」と書いてゐるが、2010年夏の、それも文庫本にかぎった賣上のトップに噛みついてもしかたがないと思ふ。教養系の本は文庫以外の形態で出てゐることが多いし(成毛氏が第5章で推薦してゐる本もほとんどが文庫本ではない)、ライトノベルのやうな娯樂書はみんなが讀むから讀む、といふベストセラー的な傾向をもつのだから、それがトップに來たってなんの不思議もない。成毛氏は

> 読んでもいいが、大学の生協で買わずに、アマゾンでこっそり注文するぐらいのプライドは持つべきだろう。

と書いてゐるが、なぜ、そこまでしなければいけないのか。生協で買ったっていいぢゃない。5%か10%安く買へるんだし。見榮のために本を買ふわけぢゃないのだから。
むづかしさうな本ばかり東大生協のベストセラーにならんでゐるより、「あいつは(あるいは東大生は)ライトノベルばかり讀んでゐるやうに見えるけど、實は深い教養がある。いったいいつ勉強してゐるんだらう。」ぐらゐに思はれたはうがかへってカッコよいではないか。
それから成毛氏は東大のことを「最高学府」とかいてゐる。文脈からすると、日本の大學の最高峰の意味でもちゐてゐるやうだ。だが、「最高學府」とは單に大學の意味だ。このあたりも少々いただけない。
それから、東大生の折り紙サークルの話題を持ち出し、

> 「東大に入っておきながら折り紙か?」と呆れ果ててしまう。

とも書いてゐるが、彼らとて折り紙しかしてゐないわけではあるまい。折り紙「も」してゐたからといって何ら批判するには當たらないと思ふが。
さう言ふ成毛氏御自身も贖讀してゐる英語雜誌のうちの1誌として「モデル・エンジニア・マガジン」をあげてゐる。これとて「いい大人が船や飛行機のミニチュア模型作りか」と言へなくもない。他人の趣味の領域にまでケチはつけないはうがよい。

まあ、さういったこまかい缺點はあるものの、やたらに英語をあがめる人、英語ができないと生きていけないと思ってゐる人、英語さへできれば未來は薔薇色だと思ってゐる人、英語を第二公用語や社内公用語にすることがグローバル化だと思ってゐる人にはカウンターパンチになっておもしろい本だと思ふ。安くて讀みやすい本だから、目をとおしてみるのも惡くないと思ふ。

COIL再結成!

鬼怒無月さんの本日未明のtwitterから。

2012年 COIL 鬼怒無月(g,vo)中山努(key)早川岳晴(b)田中栄二(ds) 再結成します。よろしくお願いします! 2012/1/15 元住吉POWERS2 詳細未定 2012/1/19 船橋 月 詳細未定

COIL、6年ぶりの復活だァ。いままでもときどき鬼怒・早川・田中のCOIL第2期メンバーでのライブはあったが、第3期フルメンバーによる復活。それも正式な復活だ。
3箇月もさきのこととはいへ、もういまからわくわくしてしまふ。あのパワーロックをまた聽けるやうになるとは。今年最大のサプライズ!と言っても過言ではない。
解散ライブのときは風邪をひいてゐて行けなくてくやしかったんだよなあ。復活ライブは是非とも!行きたい。日曜日だから體調をくずしさへしなければ大丈夫だらうけど。

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