久しぶりに朝日新聞「素粒子」のさかしらさを嗤ふ
9月16日夕刊の「素粒子」より。一段目。
「寒っ」と話しかければ「寒っ」と答える人のいる……では、寒さも2乗。俵万智さんの温かさはどこへやら。
「寒いね」ははなしかけることばだけど、「寒っ」ははなしかけることばではないでせう。ひとりごとといふか、間投詞的につかふことばだと思ふぞ。いくらなんでもだれかに同意を求めるのに「寒っ」と言ふやつはおるまい。
でもって、三段目。
言葉が次第に変わっていくのはわかるけど、何だか「軽っ」。いまひとつ付いていけないお父さんは「いらっ」。
朝日新聞の記事でも
「寒っ」は、19世紀の滑稽本で使用が確認されている
とか
語幹のみの形容詞の用法は、文法的には、間違っていないという。
となっているのに、なにをいちゃもんつけてゐるのかね。(ちなみに他紙の記事によると、「19世紀の滑稽本」とは式亭三馬の「浮世風呂」のことださうだ。)あたしゃ、充分に「お父さん」の世代だけど、全然「いらっ」としませんがね。
それよりも朝日新聞さんの奇妙な日本語(例1、例2、例3、例4、例5、例6、例7、例8、例9)の方がよっぽど「いらっ」とします。エラさうなこと言ふまへにことばのプロであるあなたがたがまともな日本語をつかってください。
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