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2011年5月に作成された記事

今日の「余録」の言語感覺はみごとだった

わたしは「男性」「女性」といふことばがきらいだ。
理由はいろいろある。
第一には「をとこ」「をんな」といふ立派な和語があるのに、なぜわざわざ漢語で言はねばならないのか、といふことだ。
漢語といふものは原則として漢字二文字で一單位を形成する。支那語といふものがさういふ性質だからだ。二つの文字がそれぞれ意味をもって語となるものが多い(例「集中」「潛水」)が、なかには二文字一組にするためにほとんど同じ意味の漢字を二つ組みあはせたものや、あまり意味のない漢字を添へたものもある。前者の例には「花卉」とか「戰鬪」とかがある。後者の例には「帽子」とか「椅子」があげられる。これらは日本語にとってはあまり有用なものとは言へまい。
「男性」「女性」も後者のうちだと言ってよからう。「男」「女」で意味は表現されてゐるので、「性」は添へものだ。そんなことばをわざわざつかふ必要性をわたしは感じない。
それから「男性」「女性」には、就中「女性」には、ポリティカル・コレクトネスの雰囲氣がすることもきらいな理由の一つだ。なんでも「をんな」はサベツ語だから「女性」と言へ、と言ってゐる人もいる由。そんなばかなはなしがあるものか。和語といふのはサベツ語だとでも言ふのか。
そしてもっと感覺的な理由として、「男性」「女性」といふ言葉には、においや體溫といったものを感じない、といふ點がある。
「男らしい」と言へば力强さやいさぎよさを感じるが、「男性らしい」ではその感じがおほいにうすれてしまふ。「女らしい」といふことばからはやさしさや纖細さを感じるが、「女性らしい」では無味乾燥な感じしかしない。わたしは「いい女」は大好きだが、「いい女性」は、まあきらいではないかな、程度のイメージしか受けない。わたしは一度も女だったことがないのでよくはわからないが、御婦人方も「いい男」の方が「いい男性」よりも好ましいのではなからうか。
ところが最近目にする文章といふものは滅多矢鱈に「男性」「女性」ばかりで、「男」「女」といふ表現が少なくなってゐる。まことになげかわしい。
と常日ごろ思ってゐたところだが、今日の毎日新聞の「余録」欄はよかった。記事內容は山本作兵衞さんの炭鑛畫が世界記憶遺產に登錄されることになった件であるが、安易に「男性」「女性」といふ表現ばかりに逃げこんでゐない。
ふんどし姿の男の先山と上半身裸の女の後山が寝そべって採炭する「寝掘り」の絵はこの間の報道でご覧になった方も多いだろう。
と書いてゐる。これがもし
ふんどし姿の男性の先山と上半身裸の女性の後山が寝そべって採炭する
と書かれてゐれば、そこからは人間のいとなみや、炭鑛勞働の苛酷さといったものはつたはってこないだらう。
その一方、
絵を描き始めた頃は女に衣をまとわせていた作兵衛に、暑い切り羽で衣を着ていられるかと詰問したのはかつて炭坑で働いていた女性だった。
とも書いてゐる。
繪の中の人は「女」であり、そこからはなれた(かつては炭鑛で働いてゐたとはいへ)人物は「女性」と書き分けてゐるのがわかる。みごとな使ひわけだ。なんでもかんでも「男性」「女性」ではなく、どうしても「男」「女」と書かなければ繪のニュアンスをつたへられないところはそのやうに書いてゐるのである。きちんと神經をつかった文章と言ふべきだらう。
このブログではいつも新聞の日本語の惡口ばかりを書いてゐるので、たまにはほめてみました。いえ、感心したことがあれば素直にほめたいと、いつも思ってはいるんですよ。あまりその機會がないだけで。なにぶんへそまがりなものですから。

朝日新聞は本當に歷史にくらい

朝日新聞の月曜日の「今日の番組」面には每週、NHKの朝の連續ドラマの今週のあらすじが載る。今日の紙面にはもちろん、「おひさま」の第7週のあらすじが載ってゐる。
その書き出しはかうだ。

 太平洋戦争開戦を受けて小学校は「国民学校」となり、子供を国の戦力として鍛える所に変わった。

えっ?
國民學校の性格といふのは改革派文部官僚の存在など結構複雜で、「子供を国の戦力として鍛える所」と一言ですませるのも問題ありなのだが、みじかい文章の中のことなので、それについてはいまは問はない。しかし、「太平洋戦争開戦を受けて」といふのはひどすぎる。
太平洋戰爭こと大東亞戰爭開戰は御存じのとほり昭和16年12月8日。一方、國民學校令の發布は昭和16年3月1日、施行は同年4月1日。8箇月ほどもまへのことだ。當然、そのための準備がはぢまったのはもっとまへだ。敎育審議會が「國民學校に關する答申」を文部大臣に提出したのが昭和13年12月8日(なんたる偶然!)のことださうだ。
ちなみにこの記事のもととなったのは、NHKのサイトにあるあらすじだと思はれるが、こちらには太平洋戰爭開戰を受けて云々などといふ記述はない。ただ、書き出しが

太平洋戦争が始まった昭和16年。

となってはいるが。
朝日新聞に書いたライターはこれを讀んで、大東亞戰爭がはぢまったから小學校が國民學校に變はった、と思ってしまったのだらうか。それにしても12月8日開戰で、その年のうちに制度が變はるわけないとは思はないのか。といふよりもこのライターは眞珠灣奇襲の日が12月8日だと知らなかったと解釋するのが至當か。
每度言ふことだが、こんな文章をそのまま載せる朝日新聞の校閱って、どうなってゐるんだらうね。

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