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2010年9月に作成された記事

なさけない强盜

昨日の朝日新聞の東京都版にあった「强盜未遂容疑 中國人を逮捕 江東のコンビニ」といふ記事。

 20日午後3時半ごろ、江東区のコンビニエンスストア「ミニストップ東陽5丁目店」で、男がレジカウンター内の女性店員(54)に包丁を突きつけ「5千円出せ」と脅し、店員が拒否すると何も取らずに逃走した。付近を警戒していた深川署員が約15分後、約800メートル離れた路上で不審な男を見つけ、職務質問。男は包丁を所持しており、「強盗をやった」と認めたため、強盗未遂と銃刀法違反の疑いで現行犯逮捕した。
 同署によると、男は住所不詳、自称中国籍の無職、科尓泌容疑者(25)。
 一方、中央区の「サンクス日本橋箱崎店」で同日午前10時15分ごろ、男がレジカウンター内の女性店員(37)に刃物を示し「3万円、3万円」と脅し、何も取らずに逃げた。同10時半ごろには、同区の「ローソン茅場町3丁目店」で男がレジカウンター内の女性店員(32)に刃物を突きつけ「2万円出せ」と脅迫。商品の菓子パン2個とウーロン茶(計345円相当)を奪って逃走した。久松、中央両署は同一犯による疑いが強いとみて捜査。科容疑者との関連も調べている。

えーと、この3件が同一犯だった場合、
(1)1件目のコンビニで3萬圓盜らうとして失敗
(2)そこで2件目では2萬圓にしてみたけど、やっぱり失敗、からうじて菓子パンとウーロン茶だけ盜む
(3)3件目では、もっと低い金額ならうまくいくだらうと思って5千圓に大ダンピングしたものの、やっぱり失敗して逮捕される
といふことになりますね。
なんか他人事ながら悲しくなるぐらゐなさけない話ですね。

いしいひさいちの大豫言

今年もいしいひさいち・峯正澄著「大問題'10」が出ました。
この「大問題」シリーズは基本的にタイトル(發行年)の前年に書かれたいしいさんの時事ネタ漫畫を收錄し、それに峯さんの書き下ろしコラムがつけられたものです。
この中に今年の事件を豫言するかのやうなネタがありましたので、紹介します。
ネタは舛添厚生勞働大臣(當時)と、彼のところをたづねてきた外國の大統領との會話。セリフだけ拔き出すと、つぎのとほり。

官僚「舛添大臣、ポトロココ大統領です。」
大統領「おお大臣、日本の長寿はすばらしいですね。しかもこのところ平均寿命がまた伸びている。」
舛添「大統領、それは高齢者が亡くならないからです。」
大統領「はあ…」
舛添「つまり高齢者が生きているからなのです。」
大統領「よくわかりませんが。」
舛添「お国とちがって互助社会の崩壊した日本の貧困は老人の年金に頼らざるを得ず死亡届が出てこないのです莫大に。」

ね、いま話題の「住民票上は生きてゐて、年金も支拂はれてゐるのに實は死んでゐた高齡者」續出事件そのものでせう。いしいひさいち、おそるべし!

徳川幕臣人名辞典

東京堂出版から「徳川幕臣人名辞典」といふ本が出た。稅込12,600圓もする辭典だが、江戶時代好きで旗本好きで資料大好きのわたしはエイヤとばかりに買ってしまった。
版元サイトの紹介文によると
徳川幕府の幕臣を約2000名収録し、詳細な経歴を解説しました。役職上、有能で歴史人名辞典に登場する人物ばかりでなく、人名辞典にほとんど記述されることのない町奉行与力や芸術・学問の分野で活躍した人物も多数収録しました。
といふ內容。與力など御家人クラスといふのは、寬政重修諸家譜などには出てこないし、また、一次資料は編纂時期等のタイミングのため、人物によって寬政譜、寬永諸家系圖傳、柳營補任、德川實紀等、いろいろな史料を參照しなければならないが、この辭典ならば主要な幕臣は大抵のってゐるだらうから、便利さう、と思った次第。そもそもわたしは寬政譜しか持ってゐないし。
ビーケーワンより屆いたので、早速あちこち引いてみる。期待どほり平山子龍とか都甲斧太郎のやうな御家人身分の人物ものってをり、役に立ちさうだ。
ただひとつ氣になったのは、編輯が甘いのではないかといふこと。一番目立つのは卷末付錄の「幕府職制一覧」が目次では752ページになってゐるのに、實際には750ページからの掲載といふ點。
これぐらゐは目立つだけで大したことではないが、ちょっとこれは、と思ったのは「鳥文斎栄之」の項目があって、なぜかさらに「細田時富」の項目があること。いや、「細田時富」を引くと「鳥文斎栄之参照」とかなってゐるのなら普通なのだけれど、「細田時富」の項目にはごく普通の顔をして次のやうに書かれてゐる。
 細田時富 ほそだときとみ(一七五六~一八二九)
 西丸小性組の細田時行の長男として生まれる。民之丞・弥三郎と称した。妻は大岡淡路守忠主の娘。安永元年(一七七二)九月六日、父の死去に伴い家督を相続し、天明元年(一七八一)四月二十一日に御小納戸となり、十二月十六日布衣を許される。三年二月七日より西丸に候し、十二月一八日務を辞して寄合となる。寛政元年(一七八九)八月五日、三十四歳で致仕した。
【典拠・参考文献】『寛政譜』第十五・一〇二頁 (堀)

(ちなみにこれぐらゐのことは「鳥文斎栄之」の項にも書いてある。)
察するに項目ごとに執筆者がちがふので、兩方の項目が立ってしまったのではないだらうか。全體に目を配る編纂者がゐなかった、といふことなのだらう。
それにしても「細田時富」の項目の解說文を讀んでも、これといった特徵もない一幕臣の、ごく平凡な經歷、といふ感じしかしない。せめて後半生を鳥文齋榮之として歌麿と人氣を二分するほどの浮世繪師となったことぐらゐ書いておかないと立項した意味がないと思ふのだけどなあ。
それから大久保忠敎(大久保彥左衞門)の項目がないのも不思議。旗本の中の旗本、幕臣の代表選手みたいな彥左をのせないといふのは項目選定が甘かったとしか思へない。
有用な良い辭典であるだけにかういった點が殘念でならない。
もっともこの手の辭典といふものは最初から完璧を期するのは困難なので、そこは良しとしよう。
それにしてもここ一年、この本のほかにも「公家事典」だの「江戸幕府大事典」だの「皇室事典」だの、歴史關係の高い事典ばかり買ってゐるなあ。

(餘談)ビーケーワンの「徳川幕臣人名辞典」のページを開くと、「この本を見た人は下記の本も見ています」の1ページ目に「〈江戸〉の人と身分 2 村の身分と由緒 」、「開国前夜」、「鬼平の給与明細」、「原色日本島図鑑」がならんでゐる。これ全部儂が買った本ぢゃないか。「この本を見た人」って、儂のことなのね。
あ、「新訂寛政重修諸家譜 別巻1 葬地・寺社名索引」のページも同じだ。とか言ってゐたら「江戸時代の身分願望」のページも買った本ばかりだ。ってか、自分の買った歴史關係の本のページを見ると、のきなみそんな感じになってゐる。ビーケーワンって、やっぱりAmazonとちがってマイナーなんだね。

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