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「社会派くんがゆく!」Vol.99についてちょっとだけ

「社会派くんがゆく!」Vol.99が豫定より5日おくれで揭載されました。それにしてもここの更新豫定日って、まもられたためしがないやうな氣が。もうすこしスケジュール管理をきちんとできんもんかね。
今回はそれほどひどいところは目につかなかったのだけれど、ちょっと茶々を入れたくなる小ネタがいくつかあったので、書いておきます。

唐沢 今回の抗議でちょっと感心したのは、ネットでの呼びかけ人が、「規制派議員のブログを炎上させるようなことは謹もう」と言っていたこと。これまでネットを中心にした活動が現実社会の人たちにうさんくさがられていたのは、確かにあのネット攻撃手段があったからだからね。やっとネットにも良識的・現実的な思考の持ち主が出てきた。
⇒えー、いままでネットには「良識的・現実的な思考の持ち主」はゐなかったんですか?そんなばかな。

唐沢 いや、それは規制する側もこれで犯罪が減少する、なんて思ってないと思うよ。要するに、性の取り締まりなんて、不可能なんだよ。人間の性的本能に属するものなんだから。だけど、だからって何もしないでいるとその無能無策を糾弾されることになる。こういう規制は最もやりやすくて、かつ「なんかやりました」とアピールしやすいわけだな。
⇒性の問題が「人間の性的本能に属するもの」なのはあたりまえぢゃありませんか。といふか、なにこのトートロジー。

村崎 たとえば歌舞伎の世界で“女が演じることを禁じる”ということに対する対応として女形が生まれたりとか、相続力の面での工夫が、表現する側にも必要になってくると思うのよ。もしかして今回の件は、マンガ表現が思い切り変らないといけない局面を迎えてることの証拠なのかもしれない。そこでオレは考えたんだが、未成年の少女に欲情することがダメになるなら、今度はいっそ思いっきり己の性欲を変換させて、ヘビやナメクジやカタツムリに欲情できるような新しいタイプの感受性を鍛え上げることが先決なんじゃないかと!
⇒「相続力」は「想像力」の誤記でせうね(いや、だから小ネタだって言っているでせう)。ちなみに「ヘビやナメクジやカタツムリ」はともかく動物に欲情するのなら「シベール」のころからあります。

唐沢 考えたらもともとロリ嗜好だって、「未成熟の少女は性的対象にならない」という暗黙のルールを逸脱しようと動きから生まれたものだからね。「ナメクジやカタツムリは性的対象にならない」というルールを逸脱しようという気概さえあれば、慣れさえすればできないことではないよな(笑)。
⇒いやいやいや、別に「暗黙のルールを逸脱しようと動きから生まれたもの」(しようと“した”ですよね)ではないでせう。いつの時代にでもいろいろな性的マイノリティ(變態と言ってしまった方が簡單なんだが、最近は醫學的には同性愛は異常性欲に非ず、とかいふわけのわからないことになってしまっているさうなので一應)は一定程度いる、といふだけのはなしだと思ひますが。

村崎 それだと道端の馬糞はだいたい産みたてのゼロ歳児だから完全アウトだな(笑)。まあ、昔の映倫みたいに、どっかのババアを五人ぐらい集めて、「あ、これは見えてるからダメ」って判子押すのとは、また違った形の規制なんだろうけど。
Wikipediaの「映画倫理委員会#組織の問題点」によると、「映倫の審査体制が時代にそぐわなくなり、不透明な基準などから、業界、消費者ともに存在意義が疑問視されている。審査員の平均年齢が60歳以上、女性委員が近年まで存在しなかったなど時代遅れの現状がたびたび指摘されている。」とのことです。「どっかのババア」が審査していたわけではないやうです。

唐沢 つまり未成年に欲情する嗜好ってのは、反対派にも規制派にも等しく存在していたりする。そういう歪んだ欲望が爆発してしまうってのは、それだけ今の社会がストレスを溜め込む構造になっているからでしょ。SMクラブの常連が常に弁護士や医師など社会の上流人士たちであることでもわかるけど、要するに法令化したところで、こういう嗜好ってのは永遠になくならないものなんだ、社会の構造そのものを変えない限りはね。
⇒社會の構造をかへたって永遠になくならないと思ひますけどねえ。

唐沢 だからといって「子供がいる親の気持ちを考えたことがないのか」って問われたら反論できないし、そこらへんは解決というより、妥協が必要なんだろうね。だから子供の手が届かないところでうまくカテゴライズしていこうという声もあるみたいだけど、規制反対で頭パンパンになっちゃってる人たちからは裏切り者呼ばわりされるみたい。
⇒いや、「ゾーニングの問題だらう」といふ聲が一番多かったやうに思ひますけど。なんでもかんでも野放しにしろ、なんて言っていたやうな人はほとんど見かけなかったのですが。

唐沢 それを先生が注意すると、親から苦情がきたりする。ゆとり教育はようやく弊害が指摘されるようになってきたけど、教育の現場ではまだまだ続いているんだ。そのうちこの子供たちが大人になると、いい年して長い文章が読めなかったり、集中して本を読めなかったりするような人間ばっかりになる。そんな連中を相手にしないといけないんだから、われわれにとっては死活問題だよ。
⇒自分がどの雜誌になにを書いたかわすれて、ほぼおなじ原稿を二重掲載してしまうやうな集中力のない人に言はれたくはないんですが。そもそも「ゆとり教育」とはつめこみ教育の反省からはじまったもので、こまごまとしたことを丸暗記するよりも自分の頭でじっくり考へることができるやうにしませう、といふのが目的だったのですが。

唐沢 「ラノベの設定で、主人公の男の子に寄ってくる女の子の数が十人以下である小説は売れない」って言っていた人がいたけど、そこまで縛りの多い執筆作業なんだ。とてもじゃないが、われわれの世代には無理だよね。
⇒それってバーバラとかいふ人の御高説でせうか。

唐沢 昔はマンガやアニメに親しんだ子供たちが「もうちょっと知的なものを」ということで小説を読み出したわけだけど、今はマンガやアニメのほうが高度で複雑な構成になっているものが多いから、逆にラノベ系小説がいちばん頭を使わなくて済む娯楽になっちゃってるよね。
⇒ラノベなんてことばのなかった(ジュニア小説、とかでしたか)二十年ぐらゐまへから言はれてゐますけど。「最近の子は“漫畫はむづかしいから小説を讀んでる”って言ふ」って。

ほかにもいくつか氣になったところはあったのだけれど、事實關係とかを確認している時間がないので、一應こんなところで。

※以前の「社会派くんがゆく!」關連記事
唐沢俊一氏は大阪のことを書かないほうがいいと思う
今月の「社会派くんがゆく!」の明確なあやまり
今月の「社会派くんがゆく!」
たびたびで悪いが、「社会派くんがゆく!」につっこみを
ひさびさに「社会派くんがゆく!」に突っ込んでみる
チベット問題は相對化できない
今月も突っ込みどころ満載の「社会派くんがゆく!」
ひさしぶりに「社会派くんがゆく!」につっこんでみようか
「社会派くんがゆく!」Vol.95へのツッコミ
今月もでたらめな「社会派くんがゆく!」

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