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屍體洗ひのアルバイト

屍體洗ひのアルバイト、といふハナシがありますね。大學病院とかでそんなバイトがある。給料はよいのだけれど、不氣味だし、ホルマリンのにほひが云々、ってやつ。
普通は都市傳說だとされてゐるやうです。つい一昨昨日もアメーバニュースにのってゐました
ところで昨日、西荻窪サンジャックでの「梅津和時・早坂紗知・永田利樹 plyas Ornette Coleman vol.2」を聽きにいってきました。4月24日にやったやつの第二彈です。今回はベースも加はって、より深いものになって、たいへん結構でした。この三人でやるのなら、いっそのこと早川岳晴さんも入れてツインサックス+ツインベースにしたら一層おもしろいかも、と終演後、久原大河畫伯などとはなしをしたのでした。
で、このときに『Full Swing! 梅津和時の60年』といふ册子を買った。これは今月15日におこなはれた同題の梅津さんの還曆記念コンサート(わたしは仕事のため泣く泣く蹶席)のパンフレットとして作られたものだ。チューバの関島岳郞さんが編輯したもので、ちょっと高い(二千圓)けど、むちゃくちゃおもしろい册子だ。たとへば、梅津さんが國立音大を單位を一つ落として留年してゐなければ、虫プロに入ってゐた、なんて興味ぶかい話も出てくる。
で、このパンフレットのメインになってゐるのは関島さんによる梅津さんへのロングインタビューなんだけど、その中に次のやうな記載がある。(「1971年」といふ項目の中)

(引用ここから)
松風さんは既にこの頃ピットインに出ていたんですか。
 出ていたと思います。米軍基地での演奏もやっていたはずです。
基地回りの仕事が、まだあったんですね。
 ベトナム戦争全盛の頃でしたからね。基地回りもあったけど、死体洗いの仕事もあってね。
噂では聞いたことはありますが、実際にやったという話は初めて聞きます。
 国立にいましたからね、横田基地がすぐそばで、そこに運ばれてくるんです。死体洗いのバイトの話も来たことはありますが、その前に先輩に間違ってもあれだけはやるなと言われてたんですよ。お金は滅茶苦茶良かったんですけどね。その先輩が死体洗いで稼いできた後は、みんなをバーに連れて行って酒をふるまって、頼むから朝まで一緒に飲んでくれって。俺、匂ってないかって、つらそうでしたね。誰でもいいから飲みに誘って、アブサンがあったころだから、アブサンを浴びるように飲んで。(後略)
(引用ここまで)

休憩時間にぱらぱらとめくってゐたら、この文が目に飛びこんできた。びっくりして梅津さんに「これ、實話ですか。」って聞いたら、「本當だよ。私はやらなかったけど、先輩はやったんだよ。もう二度とやる氣はしないって。それで、朝まで一緖に飮んでさわいでほしいって。」とのことでした。
うーん、さうすると屍體洗ひのアルバイトって、まったくの都市傳說といふわけでもないみたいだなあ。米軍基地のはなしが、大學病院で解剖用の屍體を云々といふふうに脚色されていった、といふことなんだらうか。もっとも「戰死した米兵」說もWikipediaでは否定されてゐるが。
それにしてもこの先輩のはなしは、首切り役人山田淺右衞門が、仕事の夜は朝まで門弟たちとどんちゃん騷ぎをして憂さを晴らした、といふはなしを思ひ出させるなあ。

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