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2008年7月に作成された記事

まづ隗より始めよ

文化廳の平成19年度「國語に關する世論調査」の結果の要點が發表されたといふので、各紙が記事にしてゐますね。
わたしが見た中では、全國紙では朝日、毎日、日本経済の各紙がことばの意味が、特に「檄を飛ばす」の意味が誤解されてゐる、といふか、本來とちがふ意味で使はれてゐることを取りあげてゐました(註1)。そのうち朝日毎日の記事をリンクしておきます(註2)。
で、まあ、讀んでいただければおわかりのとほり、兩紙ともエラさうに、といふか、他人事のやうに、といふかな書き方をしてゐるわけですが、これって、責任の半分ぐらゐは新聞にあるんぢゃありませんかね。新聞で「檄を飛ばす」(註3)を「本來と違ふ意味で」つかってゐるのを何度目にしたかわかりません。といふより、本來の意味でつかってゐるのを見た記憶がほとんどないんですが。
「憮然」にしてもしかり。これも本來の意味でつかはれてゐるのを見た記憶がありません。
まづ隗より始めよ、といひます。文化廳の調査結果をたれながしてしたり顏をしてゐる暇があるのなら、まづ新聞自身がことばの意味を正しく使ふやうにしてもらひたいものです。
まあ、「まづ隗より始めよ」も嚴密にいふなら、本來は「言ひ出したものからやれ」といふ意味ぢゃありませんけどね。

(註1)殘念ながら讀賣は手もとにありませんので、どうだったかわかりません。
(註2)日經のオンライン記事では、その部分は省略されてゐました。
(註3)「ゲキを飛ばす」と書いてゐることが多いやうです。多分「檄」が常用漢字ではないからでせうが、まさか「檄を飛ばす」ぢゃないから誤用ぢゃありません、と言ひぬけるためぢゃないでせうね。


平成21年1月11日附記
要點はすでに消えてゐますので、あらたに結果をリンクしておきます。
また、朝日と毎日の記事リンクもすでに消えてゐますが、朝日の方は別のURLに移動してゐましたので、そちらをここにリンクしておきます
これに關しては天聲人語でもエラさうに御高説をタレてゐますので、ついでにリンクしておきます

コンビニの營業時間規制はスケープゴートだ

コンビニエンスストアの深夜營業を規制しようといふうごきが急なやうです。京都市をはじめ、多くの自治體が檢討してゐるとか。
これに對して日本フランチャイズチェーン協會は、當然のことながら反對してゐます。
その論據は
・深夜營業をやめて、その間照明を落としても冷藏庫は動かしてゐるので、あまり節電にはならない。
・おもに深夜におこなってゐる配送を晝間にかへなければならない。晝間は道がこんでゐるから、配送效率がおち、CO2排出量がふえる。
・よって深夜營業をやめてもCO2排出量は4%程度、日本全體の排出量の0.009%程度しかへらない。それにひきかへ、かうむる經濟的損失は多大である。
といふことのやうだ。
この問題、わたしにはコンビニ側に理があるやうに思へる。
上にかかげた數字はコンビニ側の試算なので、いくつかの前提條件がみづからに都合のよいものになってゐるであらうとは想像するが、それでもそ營業時間を24時間から、7時~23時にしたからといって、CO2排出量が劇的にへる、などといふことはありえない。4%が正しいかどうかはともかく、1割もへらないであらうといふことは想像できる。
それに、法律乃至條令等で營業時間をしばるのは、營業の自由ををかす行爲だらう。
といふと、いまでも風俗營業は24時から日の出までの營業を禁止されてゐる、といふ人がゐるかもしれない。しかし、風俗營業は各都道府縣公安委員會の許可がなければ營業できない業種だ。もとより公共の安寧および風紀において、おもしろからざる業種とされてゐるのだ。それと同一視はできない。
そもそもコンビニ營業時間規制を檢討してゐる人たちは、エラい人たちばかりのはずだ。自分が深夜に買ひ物をする必要がない人たちばかりだらう。だが、世の中はかういふ人たちばかりでできてゐるのではない。殘業で歸宅がしばしば23時を過ぎる人、深夜勞働の人だっていくらでもゐる。夕食はほかで食べるとか、23時前に辨當を買ふとかでもいいだらうが、翌朝の朝食用にパンと牛乳を買ひたい、などといふニーズにはこたへえない。牛乳なんか、仕事先で夜に買ったら、翌朝にはいたんでしまふだらう。
かういふ社會構造、勞働環境をそのままにしてコンビニを強制的に23時なりなんなりにしめさせるのは筋違ひではなからうか。
だいたい24時間營業をしてゐる業種はコンビニだけではない。それなのになぜコンビニだけが槍玉にあがるのか。埼玉縣は「夜型ライフスタイルを變革する象徴的な位置づけになる」と言ってゐるさうだ。さう、象徴的!な意味合ひなのだ。
われわれはCO2削減のためにいろいろがんばってゐます、ほら、このとほりコンビニの規制をやりました、と言ひたひだけなのだ。コンビニはそのためのスケープゴートなのだ。コンビニよりはるかに無駄と思へる、ファミリーレストランなどの24時間營業はそのままにして、コンビニに目をつけたのは「目立ちやすいから」「わかりやすいから」といっただけの理由なのだ。そのためにどのやうな不利益が出るか、こまる人がどれくらゐゐるか、なんてことは二の次、といふより、ほとんど考へもしてゐないのだらう。
いまでも深夜に需要のすくないコンビニは23時にしめてゐる。それでいいではないか。需要のあるものを無理にしめさせる必要はない。
補足すると、コンビニのフランチャイズ契約は、營業時間について7時~23時または24時間とし、24時間營業の店にはインセンティブが出るやうになってゐるのが一般的のはずだ。とすれば、そのインセンティブの廢止乃至は縮小、さらには營業時間の自由化をうながせばよいのではないだらうか。たとへば近所にスーパーマーケットのある店の中には、むしろ晝間の需要の方がすくない、といふところもあるのではないか。さういふところは日中、閉店することを認めればよい。さうすれば經濟原則にしたがつて「無駄な」營業時間はけづられるはずだ。

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