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なにか辯護士にうらみでもあるのだらうか

ダイヤモンドオンラインで『消費者庁創設の背後に見え隠れする「弁護士利権」』といふ記事を見た。
要約すると、消費者保護法をつくって、消費者廳を創設しても、その職員に辯護士がなるだけ、司法制度改革でふえた辯護士の押し込み先になるのぢゃないか、云々といふやうな趣旨。
なにがいけないのだらうか。そもそも司法改革で辯護士をふやしたのは、少數の特殊な人たちで、接するのに敷居が高いイメージの辯護士をもっと一般的なものにするためだらう。いままで、日本人のおそらく9割ぐらゐは生涯、辯護士とかかはることはなかったのではないだらうか。しかし辯護士の數がふえれば、いろいろな分野に法律專門家たる辯護士が進出する、さうして國民に辯護士をもっと活用してもらはう、といふのが目的だったはずだ。
いままでとおなじやうに辯護士の活躍の場が、裁判にまきこまれたときの辯護人、企業等の顧問辯護士、といったものだけだったら、當然ふえた數だけ辯護士はあぶれる。その分、辯護士にあらたな業務をになってもらふのは當初からの目的のはず。そのひとつとして消費者廳の職員になって、消費者相談を受けてなにがいけないのか。

> たとえば消費者金融への過払い金返還請求のような「需要創出」にもつながる。

とあるが、いままで辯護士に相談したり、企業相手に訴訟したりできなかった人が氣輕に辯護士を活用できるやうになったのなら、まことに結構なことではないか。それこそ改革の趣旨にそったことと言へやう。

> 思い出されるのは、弁護士の中坊公平氏が社長を務めた整理回収機構(RCC)だ。弁護士の牙城となったRCCでは、違法な債権回収行為が発覚し、中坊氏はその責任を取って辞任する羽目になった。

とあるが、これとて中坊氏が私利私欲のために「違法な債権回収行為」をし、私服を肥やしたわけではない。中坊氏は職務に忠實たらんとし、そのために行きすぎがあった、といふことにすぎない。これでは、まるで辯護士に公的な仕事をさせるのが國民利益に反する、と言はんばかりではないか。
いったいこの記事はなにが言ひたいのか。素直に讀めば、辯護士にあらたな仕事の場ができることが、辯護士の仕事がふえることがけしからん、といってゐるやうにしか思へない。この記事の筆者は、なにかよほど辯護士にうらみでもあるのだらうか。
大切なことは辯護士にメリットがあるかどうかではなく、それが國民にとってプラスになるかどうかではないだらうか。この記事にはその視點が根本から缺けてゐる。

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