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2008年6月に作成された記事

謎の喫茶店ではありません

唐沢俊一さんの裏モノ日記6月23日分に〈cafe ロジウラのマタハリ 春光乍洩〉の看板の写真が。なにごとかと思ったら、たまたま旅先で見つけただけ、らしくて〈※謎の喫茶店。〉との写真説明。
〈謎の喫茶店〉じゃありません。ちゃんとサイトもあります。小さい店ながら、ときどきライブをやるので、フリージャズ界隈じゃちったあ知られた店です。あなた、東京中低域のCDの帯の推薦文を書いたこともあったでしょう。リーダーの松本健一さんとはマイミクなんでしょう。〈東京中低域DVD「Live in London」発売記念Talk Live〉なんてイベントもやっている店ですよ。
それを〈謎の喫茶店〉じゃあ、あんまりじゃないですか。

兒童ポルノ法の永六輔

痛いニュース(ノ∀`)」で知ったのだが、法政大學社會學部の白田秀彰准敎授(一橋大學法學博士[註1])が、私は兒童ポルノに該當するものを單純所持してゐる、兒童ポルノの單純所持が違法化された曉には 、他の誰を摘發するよりも先に私を逮捕しろ、と宣言してゐる。
くはしくは直接リンク先を讀んでほしいが、ごく簡單にまとめると、つぎの趣旨のやうだ。
・2001年第三刷發行の荒木經惟さんの寫眞集を古本屋で購入した。
・これには10歳未滿とおぼしき兒童の性器付近が鮮明に描寫されてゐる。
・これは法學者である自分から見て、避けようがなく「兒童ポルノ」に該當する。
・ゆゑに兒童ポルノの單純所持が違法化されたら、私を逮捕せよ。
白田准敎授がこのやうな行動に出たのは「2001年まで何の問題がなかった本を、そのまま保持しているだけで、いつの間にかその本が違法品となり、なんら違法なところのなかった所有者が、いつの間にか容疑者になるカフカの『変身』的不条理について、立法者や法執行関係者と議論してみたい」ためとのこと。
粗忽亭も以前、かつて本屋で普通に賣ってゐた、まったく合法であった書籍・雜誌がいきなり違法になってしまふおそろしさについて書いたが、白田准敎授がうったへやうとしてゐるのは同樣のことのやうだ。
それはそれとして、この白田准敎授の「俺を逮捕せよ」といふ宣言を讀んで、粗忽亭は永六輔さんを思ひ出してしまった。
かつて、計量法によって、尺貫法の使用は刑事罰をもって禁止されたことがあった。それを遺憾とした永さんは、みづから曲尺鯨尺を密造密賣して、それを公言し、みづからの逮捕をうったへるなどの運動をおこなった。しかし警察・檢察は永さんを逮捕しえず、結果、尺貫法の使用が默認されるにいたった(リンク先參照)。白田准敎授の方法論はこれと同じといえよう。
永さんと白田准敎授とでは、法の成立(施行)の前後との差異はあるが、白田准敎授のこの作戰、はたして永さんなみに功を奏すであらうか。
なほ、リンクした白田准敎授の宣言文、後半は單純所持違法化の問題點だけではなく、性表現・猥褻表現規制の問題點等にもふみこんでをり、たいへんよみごたへがある。白田准敎授の主張には粗忽亭はことごとく贊成だ。粗忽亭がいままで文章化し得なかったことを、みごとにまとめてゐる。さすがに學者として、文章(論文)を書く訓練を受けただけのことはあると、心より感心した次第だ。

(附記)
「痛いニュース(ノ∀`)」にある、2ちゃんねるでのコメントを見ると、『こいつが変態なのは良くわかった』『これは反権力を気取った真性ロリの捨て身戦法だな』『自分の性癖正当化しようとしてるんだぜ』『とどのつまり単なるロリコン野郎だろw』『ロリが息巻いてるだけじゃねーか。』『ただの変態ロリコン野郎だろ』『いつなんの目的でそれ買ったんだよオッサン』などといふのがたくさんあってあきれる。白田准教授は『私はこの本を、一連の問題の当事者となるために古書店で入手した。』『その10歳未満と見られる児童の裸体写真を見たとき、もう40歳になる私の意識に浮かんだ言葉は「親の顔が見たい」というものだった。』と書いてゐるのだが。ソースもろくに讀まずにコメントつけてゐるんですね。

[註1]1998年の取得なら「博士(法學)」とかぢゃないかと思ふのだが、本人の履歴書に「法学博士」とあるので、とりあへずさう書いておく。

なにか辯護士にうらみでもあるのだらうか

ダイヤモンドオンラインで『消費者庁創設の背後に見え隠れする「弁護士利権」』といふ記事を見た。
要約すると、消費者保護法をつくって、消費者廳を創設しても、その職員に辯護士がなるだけ、司法制度改革でふえた辯護士の押し込み先になるのぢゃないか、云々といふやうな趣旨。
なにがいけないのだらうか。そもそも司法改革で辯護士をふやしたのは、少數の特殊な人たちで、接するのに心理的なハードルが高いイメージの辯護士をもっと一般的なものにするためだらう。いままで、日本人のおそらく9割ぐらゐは生涯、辯護士とかかはることはなかったのではないだらうか。しかし辯護士の數がふえれば、いろいろな分野に法律專門家たる辯護士が進出する、さうして國民に辯護士をもっと活用してもらはう、といふのが目的だったはずだ。
いままでとおなじやうに辯護士の活躍の場が、裁判にまきこまれたときの辯護人、企業等の顧問辯護士、といったものだけだったら、當然ふえた數だけ辯護士はあぶれる。その分、辯護士にあらたな業務をになってもらふのは當初からの目的のはず。そのひとつとして消費者廳の職員になって、消費者相談を受けてなにがいけないのか。

> たとえば消費者金融への過払い金返還請求のような「需要創出」にもつながる。

とあるが、いままで辯護士に相談したり、企業相手に訴訟したりできなかった人が氣輕に辯護士を活用できるやうになったのなら、まことに結構なことではないか。それこそ改革の趣旨にそったことと言へやう。

> 思い出されるのは、弁護士の中坊公平氏が社長を務めた整理回収機構(RCC)だ。弁護士の牙城となったRCCでは、違法な債権回収行為が発覚し、中坊氏はその責任を取って辞任する羽目になった。

とあるが、これとて中坊氏が私利私欲のために「違法な債権回収行為」をし、私服を肥やしたわけではない。中坊氏は職務に忠實たらんとし、そのために行きすぎがあった、といふことにすぎない。これでは、まるで辯護士に公的な仕事をさせるのが國民利益に反する、と言はんばかりではないか。
いったいこの記事はなにが言ひたいのか。素直に讀めば、辯護士にあらたな仕事の場ができることが、辯護士の仕事がふえることがけしからん、といってゐるやうにしか思へない。この記事の筆者は、なにかよほど辯護士にうらみでもあるのだらうか。
大切なことは辯護士にメリットがあるかどうかではなく、それが國民にとってプラスになるかどうかではないだらうか。この記事にはその視點が根本から缺けてゐる。

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