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2008年5月に作成された記事

胡錦濤は本氣らしい

おどろいた。なににって、中國政府が四川大地震の救援に自衞隊機の派遣を打診した、といふ報道にだ。これだけはありえないと思ってゐた。
支那の近現代史は、一面、歐米列強からの被侵略史である。阿片戰爭を皮切りに、アロー戰爭、義和團の亂など、つぎつぎに侵略を受けた。その間の太平天國の亂も、歐米列強進出の足がかりとなった。
そして、そこにしんがりとして侵出したのが日本だ。日淸戰爭(これは義和團の亂より前)は朝鮮のとりあひ、といふ側面が強いが、滿洲事變、支那事變は、まがふことなく支那本土への侵略といえやう。(註1、註2)
そのながい被侵略史のなかで、現代中國が特に日本に對して批判的なのは、おもに二つの理由によるのではないかと私はかんがへてゐる。
一つは華夷思想の問題。支那にとってイギリスなど歐米諸國は、自分たちとは文化、歴史を異にする世界だ。そこに侵略されるのは、ある意味しかたがない。極端にいへば、火星人が地球侵略にやってきたやうなものだ。自分たちとはちがふやつらが、よその世界からせめてきた、そしてそれにやぶれた、といったところであらう。
だが、支那人からすれば日本は「東夷」だ。もちろん、朝鮮だって東夷なのだが、それはまだ陸つづきだ。だが、日本は海のはるかむかう、中華文明の餘光がわづかにとどく、といふ邊境中の邊境だらう。華夷秩序からすれば最低ランクだ。
そんなやつらに攻めこまれ、國をあらされ、いいやうにされた、といふのが特に深いうらみにつながってゐるのだと思ふ。
たとへて言ふのなら、足利將軍が管領の細川氏に實權をうばはれ、さらにその家臣の三好氏に、さらにそのまた家臣の松永久秀に實權をうばはれ、はては久秀に暗殺された(13代義輝)やうな感じか。松永久秀は、たとへば細川晴元にくらべて惡人のイメージがつよいが、それは管領の晴元ならまだしも、その家來の家來といふひくい身分のくせに、といふ感情がまつはるからだらう。同樣に、支那からみれば日本なんて華夷秩序の底邊の分際で、といふ感情は拔きがたくあるのだと思ふ。
そしてもう一つが支那侵略史の掉尾を飾ってしまったためだと思ふ。つまり、阿片戰爭以來のうらみがまとめて日本に向けられてしまった、といふ面があるのだと思ふ。
しかし、中國と日本とは隣國であり、しかもともに經濟大國である。にくいからとか、きらひだからとかといってつきあはないわけにはいかない。いしいひさいちの漫畫で、中國からの要求やらなにやらに對して小泉首相が「まるで遣唐使だな。」「朝貢かよ。」「勘合貿易だな。」とか應じて、「しかしいくらでも歴史的引用ができるな。」「いやでもつきあはざるをえないといふことですね。」といふのがあったが、まあ、そんな感じだ。それは日本にとっても、中國にとっても、だ。
そのため、中國は1972年の國交正常化以來、「先の戰爭は日本の軍國主義者が(あるいは軍が)惡いんです。日本人民が、日本全體が惡いわけぢゃないんです。」といふ理屈で「友好」をたもってきた。
しかし、江澤民は、天安門事件後の國内引き締めの必要もあって、「愛國敎育」として反日的な輿論をあふっていくやうになる。もちろんそこには江澤民自身が日本ぎらひである、といふ要因も大きかったであらう。
一方日本では「頑固者」の小泉首相が靖國神社參拜をくりかへし、中國はそれに反撥して首腦會談もできない状態になっていく。このころの兩國、あるいは兩國首腦は、いはばチキンレース状態で、ともに自分からさきに降りられなくなっていったのだと思ふ。その後、兩國首腦がかはったのを機に、關係改善の機運がたかまってきたのはご存じのとほり。
さて、その中國側がこのたび自衞隊機の派遣を打診してきたといふ。それはどういふことか。中國は「日本」に對してはともかく、「日本軍」に對しては徹底的なアレルギーがあるはずではなかったのか。
これは、中國が、といふか胡錦濤政權が本氣で日本との關係改善を考へてゐるのではないかと筆者は思ふ。それも江澤民以前の關係にもどす、のではなく、それ以上の友好關係を望んでゐるのではないだらうか。
日中の關係改善をはかるにあたっては、まづ、江澤民の「愛國敎育」で徹底的にわるくなった中國國民の對日感情を改善する必要がある。四川の大地震で日本の救助隊や醫療チームが中國に入った。その活動は中國内で報道され、おほむね好評であったらしい。日本のイメージがぐっとよくなった、と語る中國人も多いらしい。日本の救助活動が中國でしっかり報道されたといふこと自體、中國政府が日本のイメージアップをはかってゐる證據といえやう。そしてそれはおほむね成功したのだらう。そこで今度はそれを「日本軍」にまでひろげやうとしてゐるのではないか。
自衞隊の輸送機が救援物資(おもにテントらしい)を滿載して中國に降り立つ。中國メディアがそれを報道する。さうすれば「日本軍」はいまや中國侵略勢力ではない、むしろ友好勢力だ、と印象付けることができるだらう。
國と國とが本格的に友好關係を築かうとするのなら、たがひの軍事に對する信賴が不可缺だ。たとへばほとんどの日本人は、アメリカ軍は日本の味方だ、と思ってゐるからこそ、大東亞戰爭の過去にもかかはらずアメリカを最大の友好國とみなしてゐる。
いままでの中國は日本との友好は標榜しても、日本軍(軍閥、軍國主義者)は敵だ、といふ立場をとってきた。胡錦濤政權はそれを大きく轉換し、日本全體との關係を深めやうとしてゐるのではないか。どうもそんな氣がする。


(註1)嚴密にいふと滿洲は滿洲であり、支那本土ではないが、當時の中華民國の直前の大淸帝國が滿州族の皇朝であるため、事實上支那の範圍にふくめてよいと思ふ。
(註2)大東亞戰爭が100%純粹の侵略戰爭である、といふ意味で言ってゐるのではありません。そのうち支那事變については侵略的側面が大きいし、特に中國から見れば支那本土への侵略といふ解釋になるだらうといふ程度の意味です。


5月30日附記
結局自衞隊機派遣はみおくるやうですね。推測がどの程度あたってゐるか確認する機會がなくなって、ちょっと殘念。
ところで文中のいしいひさいち先生の漫畫の正確なネームが氣になったので、確認しておきました。以下のとほり。
「中国政府は小泉内閣を『相手にせず』との方針です。」
「相手にせず?オレは重慶政府か。」
「小泉後をさぐるためでしょう しきりと要人の訪中を求めています。」
「朝貢外交みたいだな。」
「ともかくキーワードは『靖国』です。おたがい納得することで関係修復のキッカケにしたいのでしょう。」
「勘合符貿易じゃあるまいし。」
「しかし、いくらでも歴史的引用ができるな。」
「いやでもつきあわざるを得んということですな。」

天氣豫報の謎

私は千葉縣に住んで東京都に通勤してゐます。ですから天氣豫報は、いつもこの兩都縣のものを見てゐます。
さて、それで不思議なのが週刊天氣豫報。いや、天氣そのものは不思議ぢゃないんです。隣縣ですから、豫報はほとんどおなじ。降水確率も大概10%ぐらゐしかちがひません。
不思議なのは豫想氣温。最高氣温とか最低氣温とかの豫想です。明日や明後日の豫想はたいてい兩者同じとか、1度ちがひとかなのですが、數日先になると大きくちがってくる。3度とか4度ちがふこともあります。あ、たいてい東京のはうが高くて千葉のはうが低いんです。それでゐて、その日の前日ぐらゐになると、豫想氣温のちがひは1度程度におさまってゐるんです。で、實際當日の氣温も0~1度におさまってゐます。
そんなことなら數日先の豫想氣温も、あまり差がなくてしかるべきぢゃないかと思ふのですが、なぜなんでせうね。
ちなみにいま、Yahoo!天氣情報を見ると、6月1日の東京の最高氣温が25度、千葉が21度と4度も差があります。でもこれ、當日になると、きっとこんなに差はないと思ひますよ。


6月2日附記
今日の新聞によると、6月1日の東京の最高氣温23.3度、千葉の最高氣温23.8度でした。
ほら、やっぱり0.5度しかちがはなかったぢゃありませんか。しかも千葉のはうが高いし。

今月も突っ込みどころ満載の「社会派くんがゆく!」

社会派くん」いじりもたいがいにしておこうとは思うのだが、今月も無茶苦茶が何点も。2・3点なら無視するのだが、あまりにたくさんあるので、特にひどい点だけを指摘しておく。

唐沢 ありゃ、日本が悪しき先例を作ったな。東京オリンピックの成功で、敗戦国だった日本が高度経済成長に乗ったっていう実例があるからね、どこの国もあの成功例が忘れられないんだな。
⇒日本が高度經濟成長に乘ったのは、朝鮮戰爭特需がきっかけであるのは經濟史の常識だと思ふが。

村崎 もう時代が違うんだし、あの当時の日本みたいなケースは奇跡に近いんだって。わかってねえよなあ。だいたい中国なんて、オリンピックを成功させたところで絶対に日本みたいなれるわけがない。なぜなら、あいつらの国には天皇陛下がいないからな(笑)。お前ら、天子様を殺しちゃっただろうが! エンペラーがいない国に、国の指針も規範も品格もあるわけがねえよ。 当然のごとく人民も「自分さえ良ければ他人なんかどうでもいい」としか思わない鬼畜な奴らばかりになるわ。可哀相だけど自業自得だな。
⇒支那、といふか中華帝國の皇帝と日本の天皇を同一文脈では語れない。中華帝國の朝廷は何度も革命でかはってゐるので、皇室をひっくりかへすこと自體は問題とはいへない。現に辛亥革命のあとも袁世凱が皇帝にならうとしてゐる。さらに言ふと、「天子様を殺しちゃっただろうが!」って、ラストエンペラーの溥儀は殺されてゐません!

唐沢 打倒するべき相手もいないから、革命もありえない。国を成り立たせている基盤っていうのが、すでに存在していないようなものだからね。
⇒打倒すべき相手が中國共産黨だったりするとなにか不都合なのだらうか。「相手もいないから、革命もありえない」なんて意味不明としか言ひやうがない。

唐沢 儒教というと日本では清廉潔白な道徳律と思われがちだけど、実はあれは役人になって出世をするためのガイダンスみたいな教えでしかない。出世に一番役立つものが血縁関係のコネなわけで、だから儒教は血縁を非常に尊ぶわけなのよ。これが身内へのえこひいきの正当化につながり、法律や組織の軽視につながる。法や組織(国家)の代理人たる役人がそれなんだから、役人に動いてもらうためには、その役人が血縁でない以上は、金にたよるしかない。賄賂横行、商業ルール無視が生れるのは、儒教文化のせいだとさえ言えると思うね。
⇒唐沢さん、あんた呉智英さんのファンぢゃなかったんですか。これ讀んだら、儒敎を危險思想だと言ってゐる呉さんが泣くぞ。本來の儒敎と、その後、體制にとりこまれて墮落した儒敎とをいっしょくたにしちゃいけません。

唐沢 腐敗ってことなら、どこの国も似たり寄ったりだと思うんだけど、日本も、韓国でさえも、近代にはいってからそれを是正しようと頑張ってきた。先進国で、賄賂政治が治っていない国ってのは中国だけだよ。
⇒いつ中國が先進國になったんですか。

唐沢 この青山の准教授も中国人をサンプルとして挙げるのなら、そんなに叩かれなかったかもしれない(笑)。ただ、これに対して「私にも子供がいる。それを0・5人とは何事だ」って怒ってる連中にもね、じゃあお前はバスに乗るとき、子供料金があることを侮辱だと怒って、ちゃんとオトナ分、支払うか? 中絶だって立派な殺人行為なのに、それが罪に問われないのは、胎児が人間扱いされてないからだろ。そういう問題には何にも発言しないで、この准教授にだけ怒るのは筋が通ってないぞ。この件で騒いでいる連中も瀬尾と同じ、感情でしかモノを言っていないってことだよな。
⇒バス料金と人權は關係ないだらう。では、無料招待といふのは侮辱なのか。また、胎兒と子どもはまったく別だらう。胎兒はいつ人間になるか(からだの一部が出たときか、半分か、全部か、へその緖を切ったときか云々)といふ法學上の議論もあるぐらゐだ。

村崎 黙って何も言わずに自分のやるべき最善のことをして死んでいったって感じで、ちょっとシビれたよ。オレにとってはオリンピックで金メダルを獲る有名スポーツ選手よりも、こういう無名のおっさんの方がはるかに英雄だね。最高だったし、立派だったよ。国はこういう人間にこそ紫綬褒章をあげるべきだと思うぞ。ドライバーってのはなにもF1レーサーだけがカッコいいわけじゃないんだから。
⇒紫綬襃章は、科學技術分野における發明・發見や、學術及びスポーツ・藝術分野における優れた業績等に對してに授與される。この運轉手の行爲にあてはまるものをあへてえらべば、紅綬襃章(「自己の危難を顧みず人命を救助したる者」に授與される)であらう。

村崎 それから家っていえば、例の楳図ハウス、訴えていた住民ども、ついに本性をあらわして「不快なのでこれからずっと月に十万円ずつ払え」って金を要求してきやがっただろ!(★11)
唐沢 いやあ、正体が見えたね(笑)。
⇒これは日の出町の谷戸澤處分場の漏水問題と同じで、經濟的强制によって、撤去させようといふ戰術。そもそも民事訴訟は人事訴訟をのぞいて訴額が必要なので、訴訟にするならかういふ形をとらざるを得ない(假處分申請等をのぞく)。

といふわけで、もう少し事實をふまへて「鬼畜」してほしいものです。といってもこの二人にはのぞむだけ無駄か。

文のつながりが理解できません

asahi.comにある“たばこ屋さん、店じまい続出 「タスポ」の負担ずしり”といふ記事(東京本社版紙面ではちょっとちがふ見出しで、12日の夕刊に掲載)。
taspoの導入で自動販賣機の切り替へに費用がかかる、その投資負擔に耐へられないタバコ屋の廢業が相次いでゐる、といふ記事なのだが。
よくわからないのがつぎの部分。

“軒先に残る「たばこ」の看板を頼りに、道沿いの2店舗を訪ねると、すでに廃業・縮小していた。店主らは「顔と顔を合わせた商売は、もう時代遅れなんだっちゃね」と自分に言い聞かせる。”

自動販賣機のはなしをしてゐるのに、どうして「顔と顔を合わせた商売は、もう時代遅れなんだっちゃね」といふ話が出てくるんですかね。自動販賣機がふえたために對面販賣のタバコ屋がへった、といふのならわかりますが、それぢゃン十年前の記事みたいだし。
逆にtaspo對應自販機を導入する資力のないタバコ屋が對面販賣を強化するやうになった、といふのなら納得はいくんですが。
なぜ自販機から自販機への切り替へができないタバコ屋の廢業が顏と顏を合はせた商賣は時代遲れ、といふ話につながるのか、お分かりの方、どなたかいらっしゃいますでせうか。いらしゃったら、文章讀解力に缺ける私に解説していただきたく思ひます。

素朴な疑問

「グラフSGI」って雜誌が聖教新聞社から出てゐますよね。いへ、現物は見たことないんですが。毎號、新聞におっきな廣告がのるし、電車の中吊り廣告にも出るので、名前はよく知ってゐます。
で、この雜誌、毎號のやうに池田大作さんが海外の大學から名譽博士とか名譽敎授とかの名譽學術稱號を授與された、といふ記事がのってゐるやうです。
創価学会の會員さんはかういふ記事を見てどう感じるんでせうか。やっぱり、「こんなにたくさん名譽學術稱號を授與されるなんて、さすが池田先生!」って思ふんでせうか。
私のやうな部外者には「寄附金總額っていくらぐらゐになるんだらう。學會員の“財務”がこんなとこにも使はれてゐるんだなあ。」といふ無間地獄におちさうな感想しか出てこないんですが。
ほんと、どうなんでせうね。

フィクションかノンフィクションかはっきりさせといてください

まづはリンク先を讀んでみてください。朝日新聞の讀書面にのった野口武彦著「幕末不戦派軍記」の書評です。評者は香山リカさん。
これを讀んで、どういふ構成の本だと思ひました?私は「お気楽な幕臣4人組」の日記を、解説をまじへて紹介する本だと思ひました。さう、丁度「元禄御畳奉行の日記」のやうな。江戸時代大好き、史料大好きな私は早速買ってみました。
目次にはかうあります。「発端 長州戦争の巻」「彰義隊の巻」「日光の巻」「奥羽朝廷の巻」「蝦夷共和国の巻」「あとがき」。
そのあとがきの冒頭。

 この一冊で活躍する(中略)四人組は、幕末の史料から抜け出してきて、フィクションの世界に漂い出た男たちである。

ええええええー!フィクションだったんですか!
あとの方にこの本の「成り立ちと構成」が書いてあるので、とびとびにひきます。

 右の『在京在阪中日記』にもとづいて最初に書いた歴史ドキュメンタリーが「幕末の遊兵隊」(『幕末気分』所収)である。(中略)この日記は将軍(引用者註 十四代将軍家茂)薨去のあたりで尻切れトンボに終っている。こんな連中が戦場に送り出されたらどうなるか。その後の運命を断片的な史料と想像力で補い、フィクションの形で鳥羽伏見の戦いに参加させたのが「幕末不戦派軍記」(『幕末伝説』所収)である。(中略)
 その続編がどうしても書きたくなって、四人を次々と維新戦乱の現場に投入した。(中略)
 単行本にまとめるに当たって、出発点になった「幕末の遊兵隊」をノベライズし、「発端 長州戦争の巻」と題して巻頭に据えた。『在京在阪中日記』では事実不明だが、四人組が長州戦争の前線に行ったという設定から物語が始発する。全五章はすべて史実を材料にしたフィクションである。(後略)

つまり、一種の歴史小説、てことですね。しかも、その日記がベースになってゐるのはせいぜい「発端 長州戦争の巻」の中ごろまで、といふことになりませうか。
小説に興味のない私としては「だったら買はなかったのになあ。」と言はざるをえません。香山さん、フィクションをノンフィクション、あるいはドキュメントのやうに紹介するのはやめてください。
あ、あわててつけくはへますが、この本自體は「史実を材料にし」てゐますし、多くの史料が出典を明記したうへで引用されてゐますので、けっして荒唐無稽なものではありません。幕末の一斷面を、その雰圍氣を知る、といふ面では有益な本だと思ひます。ただ私のニーズとはちがってゐた、といふだけで。
ついでなんで、海舟ファンの私から香山さんに憎まれ口を一つ。「勝海舟に至っては口も人もなかなか悪かった」なんて常識ぢゃありませんか。それは幕末も維新後もかはりませんよ。德川家達(十六代)を「三位」と呼び捨てにしてゐたやうな人ですよ。そもそも人がわるくなければ、幕末のあの状況の中で薩長とわたりあって德川家と慶喜をまもりぬくことができるわけありませんよ。海舟の魅力はその人のわるさにもあるんですよ。
といふわけで、わるい本ぢゃないのに「だまされたー」といふ氣になってしまった微妙な買ひ物でした。

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