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姓と名字の混同

5日(土曜日)付けの朝日新聞夕刊「Be evening」内のコラム「はみ出し歴史ファイル」。筆者は「歴史研究家・野呂肖生」。『豊臣秀吉 「天下人」の自負』といふサブタイトルの記事より。

(引用ここから)
秀吉は、猿や日吉といわれた幼少のころから、出世に応じて名を変えた。木下藤吉郎から羽柴秀吉、次いで信長の後継者を自認して平秀吉。さらに藤原秀吉として関白と太政大臣、最後は天皇から豊臣の姓を賜った。
(引用ここまで)

この人、姓(氏)と名字を混同してゐますね。
秀吉は名字は
なし(おそらく)→木下→羽柴
と變へてゐるのであり、
姓は
なし(おそらく)→平→藤原→豐臣
と變へてゐるのです。
また、姓を平としたのは信長在世中からだし、太政大臣になったのは豐臣姓を賜ったのちです。だから「藤原秀吉として關白と太政大臣」といふのもまちがひ。平姓を稱したのも信長の後繼者を自認したためではなく、單に主君にあやかった(まねをした)だけでせう。信長が生きてゐるうちから「後繼者を自認して」ゐたら、それこそ謀反人です。
なほ、念のために言っておきますが、姓と名字は並存するものです。晩年の秀吉は姓は豐臣、名字は羽柴、であったとかんがへるのが妥當でせう。仰々しく言ふと「羽柴太閤豐臣秀吉」(はしばたいかうとよとみのひでよし)ってな感じでせうか。
一般の人ならば仕方ありませんが、歴史研究家を稱する人が姓と名字の區別がつかないといふのはお粗末にすぎます。

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