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2006年2月に作成された記事

2月19日 博物館のホネ

というわけで、「博物館のホネ」の楽日にいってきた。
前半はちょっと退屈だったけど、後半はまずまず、といったところか。
レナというコスプレ看護婦はサービスキャラクターだろうか。
ところで開演前、階段で山本正之さんとすれちがった。スーツ姿だった。年末に赤十字に何百万円かを寄付しに行くときもジーンズだというが、今日スーツなのは演出家モードなのだろうか。

2月15日 やがて来る希望のビリジアン

山本正之さんのコンサート。フルネームでは「山本正之プレゼンツ2006年公演 前夜祭 山本正之 ソロコンサート スタンダードショー★ドラマ 『やがて来る希望のビリジアン』」という。毎回の記事名が長くなりがちな当日乗でもさすがにこれは長すぎるので、メインの部分だけを記事名とした。
タイトルどおり、16日から19日まで5回上演される(18日はマチネーありの2回上演、楽日はマチネーのみ)「博物館のホネ」の前夜祭コンサート。会場もおなじ新宿スペース107。MCによると、今日のステージのセットは劇のセットをそのまま使っているのだそうだ。
18時開場、19時開演のところ、18時35分ごろ到着。新宿はPit Innには行きなれているが、西口は年に2・3回行くか行かないかなので、地下広場をふくめて土地勘がさっぱりない。チケット裏の地図や、駅構内の案内地図を何度も確認して、なんとかたどりついた。
物販で「『ライヴ刊・山本朝廷』37 演劇特集」と「山本正之プレゼンツ2006年公演『博物館のホネ』 劇伴音楽集」を買う。後者は紙袋にはいっており、わたされるときに「劇をみたあとできいてください。」といわれる。紙袋に紙片がセロハンテープではりつけてあり、そこにも収録曲のタイトルを見るとストーリーがわかってしまうので、公演終了後にあけてくれ、との趣旨の文言が書かれてある。筆者は劇の方は楽日の前売りを買っているので、4日間おあずけだ。見ることによって新鮮さがうすれてしまうのならやむをえない。
場内はもう7~8割ぐらいはいっている(最終的にはほぼ満席)。ごく前の方もぽつりぽつりと空席はあるが、見やすさ、その他のバランスを考えて5列目の真ん中ちかくに座る。
開演5分前から「LEXINGTON」が流れ、時間丁度に登場、「LEXINGTON」がおわると同時にタイムボカンメドレーと、いつもどおりのはじまりかた。ただしその後は劇にからむ曲のみをやる、とのこと。
まずは「博物館のホネ」のなかで歌われる(ワンフレーズのみの場合も)曲を。「銀河熱風オンセンガー」、「大化改新」、「冒険ランゲルハンス島」(4番まで。水木一郎と佐々木功のものまねいり)を。
つぎに「府中捕物控」。「博物館のホネ」と直接は関係ないが、時代背景が共通するので。つづいて「下宿町晩歌」。これも背景が共通。下宿つながりで「友情のハムライス」。しみじみ感動。東武百貨店の地下で上等のハムを買おう、のくだりは何度きいてもよい。
このあとは以前の公演関連の歌。
「シリウスみつけた夕涼み」より「飾り窓」。劇中(ほんのワンフレーズ歌われるだけらしい)以外では初演だそうだ。
「ムーンデザート・ララバイ」から「やがて来る希望のビリジアン」。この曲、実は以下自粛。おなじく「母娘エレジー」。この曲は演歌。さらに「新宿が荒野だった頃」。この曲、「ムーンデザート・ララバイ」関連の曲だとはしらなかった。これもしみじみと感動。
つづいて「游ぎつづけてビリジアン」から同名テーマのフルバージョン。
「そよ子のスタイルブック」同名テーマ。
それから悪役登場のテーマ「それゆけガイコッツ」。
「STRANGER」から「朝びらき丸 東の空へ」。
そして「博物館のホネ」のストーリーの(世界観の?)テーマとして「綺麗」。またしみじみ感激。
つぎに「SALABA 子供の海へ」。「博物館のホネ」にもモエギとアサギが出てくるのだそうだ。ただし姉妹ではなく。
そしてラストは「おはようシンデレラ」。今日のテーマからすれば、ラスト曲に最適。
アンコールはプレゼンツのテーマでもある「LEXINGTON」。+アカペラ肉声で「博物館のホネ」。21時57分終了。うーん、やっぱり3時間コースか。
今日は、特に後半は詞にストーリーのある(もしくは感じさせる)曲が中心で、涙腺刺激されっぱなし。まあ、トシのせいで涙腺にしまりがなくなってきているだけかもしれないが。なにしろこのごろは「びんちょうタン」をみていてもジワっときそうになるからなあ。それはともかく今日の内容はソロでやって大正解だったと思う。近年の山本正之コンサートの中で一番よかったようにさえ思う。
帰宅途中、電車の中で新聞を読んでいたら、記事中に「ハンドルネーム」という語が。朝日新聞的には「ハンドル」ではなくて「ハンドルネーム」なのだろうか。「朝日新聞の用語の手引」ではどうなっているのだろうか、と気になる。しかし「ハンドルネーム」が可なら、朝日新聞的には「通称ネーム」とか「雅号ネーム」とかもOKなのだろうか。まあ、新聞というのは戦後の国語改悪にもっともつよく協力した勢力だから、この程度の奇妙な表記にはいまさらおどろかないが。しかし、内部的にどういう表現を使おうが勝手だが(メイドをメードなどとかかれるとちっとも萌えないのだが、どういう表記をその新聞がえらぶかまでは干渉できない。ただたとえば「沈殿」などとかかれると漢字が表意文字―正確には表音表意文字―だと知らないのか、と言いたくなる)、「朝日新聞の用語の手引」などというものを一般向けに出版販売してしまうのはきわめてけしからぬ行為ではなかろうか。世の中には新聞は正しい、と思っているうぶな人も少なからずいる。そういう人がこれを読んで、これが日本語表記の標準、だなどと思ってしまったらどうする。日本語というかけがえのない文化に対する冒涜行為とさえいると思う。

2月13日 野獣王国LIVE at 吉祥寺シアター

吉祥寺シアターというのは財団法人武蔵野文化事業団という武蔵野市の外郭団体が運営している劇場。チケット裏の地図には武蔵野市民文化会館、武蔵野芸術劇場、武蔵野公会堂はのっているが、ここはのっていない。まだ新しい小屋らしい。
本ライブは事業団の自主公演。よってチケットも事業団に電話で註文したのだが、その際、席の希望をきいてくれたり、なかなか親切。悪しきお役所仕事ではなく、立派。
シアターのサイトにあった地図をたよりに会場に向かう。ベルロードというせまい道をちょっと奥の方まで入っていく。途中、飲み屋やらキャバレーやらラブホテルやらがあって、あまり地方自治体の外郭団体のホールがある雰囲気のところではないような。
19時開演のところ、夕食をとる時間もなく、18時55分到着。だから吉祥寺で平日19時はきついんだって。特にはじめてのところは、方向感覚にチャレンジされている身にとってはまにあうか不安であった。なにごともなく着けてさいわい。
この公演にはスポンサーがついているらしく、ロビーでビール(ハートランド)または烏龍茶を紙コップ1杯くれる。急ぎ足で歩いてきてのどがかわいているのでありがたい。ただし、場内持ち込み禁止。時間がないのでビールを一気に流しこむ。アルコール分解能力にもチャレンジされている身なので、一気に酔いがまわってちょっとつらい。いや、烏龍茶にしておけばいいのだが、やはりライブのときにはアルコールの方がね。
ハコのキャパは200席前後(シアターのサイトによると基本197席、最大定員239名とのこと)。筆者の席は真ん中上手より。うしろの方にすこし空席もあったようだが、ほぼ満席だったようだ。
19時6分開演。まず「鉄腕アトム」。音のでかいこと。独立したホールなので、遠慮はいらない、ということか、ジロキチあたりでやるときの5割増し、といった感じ。30秒で耳キン状態。つづいて「Sala's Ska」。
ここでMC。この小屋はシアターという名前のとおり、普段は演劇をやっているとのこと。ここで音楽をやるのははじめてだとか。そういえばチケットに「シアターミュージックセレクションVol1」と書いてある。で、その一発目が野獣王国ですかい。大丈夫か。シアターの責任者が二度と音楽はやらん、とか言い出さないか。
「ロンリー・プラネット」、「レッド・ブーツ」(ジェフ・ベック)とつづいて、メンバー紹介という名目の、野獣名物の長いMC。難波はこのシアターの場所がわかりにくく、迷ってしまったというはなしを。スターパインズカフェの近くまで行ってしまったら、丁度スタパの店長が外に出ていて、道を教えてもらった、だが、また迷った、と。
是方に「難波さんは落語おたくで電車おたくで。趣味が多いですね。」といわれて「でもそれぐらいですよ。ギャンブルもやらないし。」「携帯電話も持っていないんですよね。」「ええ、パソコンは去年やっと買いました。」携帯電話はともかく(ちなみに粗忽亭も不所持)、SF者なのに、去年までパソコンを持っていなかったというのはめずらしい。「それなのにパソコン雑誌に3つも連載持ってたんですよね。」「そうなんです。すごいインチキでしょ。ホリエモンよりインチキですね。」云々。
小森のMCはわりとあっさりと。
ナルチョはまたいろいろと長いMCを。ここが本来劇場だというので、マイクを使わず演劇のせりふふうにしゃべったり。これに是方が呼応して二人で即席演劇(ふう)をやる。笑える。
時計を見ていなかったが、この「メンバー紹介」コーナー、30分以上あったのではないかと思う。
つづいて「ペンギンの初恋」、「哀愁のクジラ」、「まほろば」(難波)とつづき、小森の曲(題不明)。
つぎが鳴瀬の曲(題不明)。この曲のベースソロでナルチョは客席に乱入、通路のみならず座席にまで入っていき、強制的に総立ちにさせる。
総立ち状態のままラスト「クラッシュ・オン・ユー」。
アンコールで再登場すると是方が「みなさん、つかれたでしょう。すわってください。」といって、スローで(比較的)静かな曲をやって21時26分終了。小屋の都合もあってであろう、野獣王国としては短めだが、内容的には満足。ゆっくり座ってきけるのはありがたい。
さきに書いたとおり、開演と同時に耳キンの大音量だったのだが、不思議に回復ははやく、帰りにベルロードを歩いているうちになおってしまった。翌朝までかと覚悟していたのだが。

2月10日 鬼怒無月・ナスノミツル・外山明 at NO TRUNKS

今月はまだ一度もライブに行っていないので、ちょっと遠いところまで行ってみた。鬼怒さんのライブはwarehouse+柳原陽一郎、ERAと2回も会場がせまそうだという理由でパスしてしまったし。
19時40分ごろ着。もう数席しかあいていない。Sさんほか知った顔多数。Sさんに上記のwarehouseとERAのはなしを聞く。warehouse+柳原、今回もよかったそうで、アルバムも楽しみ。
20時をすこし回ってはじまる。今日のライブはjjazz.netで2月22日から放送する、ということで、録音が入っている。といっても、一人で、マイクを立ててパソコン+HDDレコーダーで録るだけだが。
鬼怒がチューニングしているところにナスノが声をかける。1人、入店しようとしていた客がいたが、鬼怒がドアをふさぐような形になってしまったため。
20時6分、演奏開始。と同時にまた2人入場。数分後、さらに3人。鬼怒がドアをよけながら弾くのがなんとなくおかしい。さらに1人。インプロを30分。
1曲目がおわったところで、吉田達也さんがはいってきた。そこで、鬼怒が「吉田達也さんをお客さんにおむかえして、もう1曲。」と言って2曲目。と言いつつ鬼怒はカウンターに水を取りに行くと、とりあえずギター抜きではじまる。すぐに鬼怒も入って、インプロ20分。
休憩40分。メンバーで話がはずんで、後半開始が遅れてしまったとか。休憩中にも何人か新たな入場者が。もう、本当に満員。30人近くの入りか。
演奏前にライブ告知など。是巨人についても。
1曲目はインプロ20分。
つぎは鬼怒が「次は1曲だけ曲をやります。」とアナウンスして、鬼怒の「ランド」をやる。10分。やはりオールインプロより、核となる部分があって演奏が全体にしまる。この演奏が今日のベストだったと思う。
さらに20分ほどのインプロをやって、2nd set終了。
アンコールとなる。鬼怒が「是巨人の曲を吉田さん抜きで、しかも外山さんのドラム入りでやってみようかと思います。」と言い、場内大うけ。特に吉田さんは大笑いして「ききたい!」
「じゃ、『アラベスク』をやりましょうか。外山さんは知らないだろうから1コーラスだけやりましょう。」って、あの曲の場合、どこまでが1コーラスなんですか。吉田さんも「全部やった方がいいよ。」ということで「アラベスク」。5分。ごくごくまじめに演奏しているのだが、やっぱりなんか笑えてくる。場内も爆笑。特に吉田さんは大喜びで笑いころげていた。おもしろさではこれが今日のベスト。なかなかめずらしいものが聴けて(勿論その他の演奏もすばらしくて)遠いところを来た甲斐があった。
終演後、アンケート用紙が配られたのだが、途中で品切れ。予想以上の大入りだったということらしい。

たびたびで悪いが、「社会派くんがゆく!」につっこみを

2項目つづけていちゃもん記事になってもうしわけない。まえにも書いたとおり、気になったことの個人のメモがわりなので、とばしていただいて結構です。
さて、今月の「社会派くんがゆく!」はライブドア事件のため、政治経済関係のはなしが多いため、ツッコミどころも多い。文化・社会関係のはなしではあまりアラも目立たないのだが、この二人、政治経済関係は本当に弱いね。

・「唐沢●裏情報では一昨年の一月からすでにホリエモンの容疑は明確な形にできてたんだけど、小泉が選挙にホリエモンを利用するためにあえてストップかけてた、なんて話もある。」→そんな、もうじきつかまることがわかっているような人を自陣営の候補にするわけないでしょうが。その段になって(いま現実にそうなっているように)自分たちの失点になるのはあきらかなのだから。

・「村崎▲いや実際、“コスゲ族”は一流どころばっかだよ、和田サンはいるし宮崎はいるし麻原はいるし(笑)。
唐沢●死刑囚はもう服役の必要ないから刑務所に入れらない、だから拘置所に移されるわけだよね。だからいちばん濃いメンツがあそこには揃うことになる(笑)。」→未決囚も拘置所。この3人のうち死刑囚は宮崎1人。麻原は一審死刑判決で、控訴中(二審)。和田も控訴中だが、はなっから死刑に相当する事案ではない。

・「唐沢●会社の合併吸収、M&Aなんて、日本における成功者のほぼ全てがやってきたことじゃねえか。東急の五島慶太なんて“強盗慶太”と呼ばれていたし、関西の電鉄王だった小林一三が東京へ進出したのもM&Aを繰り返した末だよ。」→五島慶太や逸翁はM&Aした会社で実業をおこなったのであって、会社ころがしをしたわけでも経理操作をしたわけでもない。会社買収、という共通項のみをもってくくるのはあまりに乱暴。そもそもライブドア事件はM&Aがいけない、という趣旨ではない。

・「唐沢●(中略)売り買いが殺到してシステムの処理能力が追いつかなくなったからっていうけど、パソコンが使えなくなったら、算盤使えよ、算盤(笑)! 信号だって故障したら、おまわりさんが出てきて交通整理するぞ(笑)。」→東証のシステムは当然ながらパソコンで動いているわけではない。そもそも算盤でどうやって売買註文の突合せなどをおこなうのか。ギャグにしてもできが悪すぎる。

・「唐沢●田中角栄を典型とする、よくあるパターンだよね。日本は基本的に貴族が好きなのよ。成り上がり者は伴善男でも道鏡でも豊臣秀吉でも、とにかく晩節をまっとうしちゃいけない、という、嫉妬による認識があるんだね。」→豊臣家がほろんだのは秀吉の死後なので、秀吉自身は晩節をまっとうしているのだが。それに秀吉を嫉妬している人って、そんなにいるのだろうか。一般的な認識では秀吉は英雄であって、その割を食って家康が悪役にされてしまっていたりするのだが(※1)。伴善男にしても名門大伴氏の裔で、「成り上がり者」とまでいうのはちょっとひっかかるのだが。

・「唐沢●あと、将棋板はタダで貸してくれるそうだから、出所したらプロの棋士でも目指せばいいんじゃないか(笑)。」→奨励会の年齢制限にひっかかります。

・「唐沢●いまの罪状からいえば、せいぜい罰金数百万円で済む罪だよね。」→どうして言い切れるのかまったくわからない。証取法には懲役の規定もあるのだが。

・「村崎▲まあ長期的な目で見りゃ、『BSEに負けない健康な身体を作ろう!』っていうのが、いっちゃん前向きな対応だよな(笑)。」→そうすりゃ発症しないというもんではないと思うのだが。

・「唐沢●(中略)ウィルス風情が進化するんだから、人間だって(笑)。(後略)」→単純な生物ほど進化のスピードははやいのだが。

・「村崎▲要するに、まだウィルスが見つかった初期段階だからこんな混乱してるだけで(後略)」→BSEはウィルスによってひきおこされるのではない。


(※1)大阪近郊では特にその傾向が強く「家康をののしる会」なんてものまである。粗忽亭は大阪生まれだが、秀吉より家康の方がはるかにすぐれた人物だと思っている。
秀吉びいきで家康嫌いの人は「家康は秀吉の死後、権謀術数を弄して天下をのっとった。」というが、戦国武将が権謀術数を弄するのはあたりまえ。秀吉こそ主家(織田家)横領に等しいことをしている。織田信孝は秀吉に攻められて自刃、織田信雄は秀吉のために小大名におとされた。そのため、秀吉は死の直前、信長の亡霊におびえていたといわれている。
秀吉と対立した柴田勝家が敗死したのはやむをえないとして、秀吉に協力した丹羽長秀までのちに理由をつけて小大名に落としている。
養子の秀次も、実子(秀頼)が生まれると見捨てて、切腹させ、あまつさえ秀次の妻妾まで皆殺しにしている。
文禄の役、慶長の役だって、いわば秀吉の誇大妄想からおこったこと。そのためにこじれにこじれた日朝関係を修復したのが家康。
秀吉が一個の英雄であることを否定する気はないが、彼を崇拝するあまり、家康をおとしめる言にはすっきりしない。
余談だが(ってここまでもすべて余談ですが)、平田弘史先生の「誰も戦い望まぬけれど」の家康は無茶苦茶格好いいぞ。

まるで新左翼なチラシ

前項でふれた「どんな銃口もひとつの思念を消すことができない」というイベントのチラシついて、およびそれから想起したことについて書く。
粗忽亭がそのむかしかよっていた大学は伝統的に、警察用語でいうところの極左暴力集団、マスコミ用語でいうところの過激派の拠点校のひとつだった。筆者のころはもう、一般学生はだれも見向きもしなかったけど、某派が寮を占拠して設備を(寮自治の名目で)勝手につかっていたり、毎日正門前に門番よろしく突っ立っていたり、あちこちに無断でビラを貼って公共の設備を汚損したり、語学の授業に乱入してだれもききたがらないアジ演説をなんの権利があってか延々やらかしてわれわれの教育を受ける権利を侵害したりしていた。そんなわけで粗忽亭は極左暴力集団というものに生理的な反感を持っている。
さて、そんな粗忽亭が「ああ、まるでやつらの論法だ。」と思ってしまったのが、前述のチラシ。山谷の日雇い労働者運動の中心人物だった山岡強一、というひとの追悼イベント。山岡氏の映画「山谷(やま)-やられたらやりかえせ」の上映と「話」と演奏があったりするらしい(2月4日なので、もうおわってます)。ちなみにイベントのサブタイトルは「山岡強一虐殺20年に寄せて」。大熊ワタルさんが件の映画の音楽を担当しており、また、この日の出演バンドのひとつ「蠱的態(KOTEKITAI)2006」にも名をつらねている関係で配布されたようだ。
そのイベントや映画の趣旨についてどうこう言う気は毛頭ないが、このチラシについては何だかなあ、と思ってしまったので、いちゃもんをつけてみる。
まず、「彼は右翼の凶弾に倒れた」と書いてあるが、そのすぐ横にある年賦には「国粋会金町一家金竜組組員が放ったピストルの凶弾に斃れる」と書いてある。なあんだ、右翼じゃなくって暴力団(※1)に殺されたんじゃないか。つまりは日雇い労働者の権利擁護運動をしていたために、それによって従来の利権をうしなう暴力団に殺された、ということ。それをまるで思想問題のようにいうのはデマゴギーじゃないかと思うが。ついでにいうと、ピストルでの射殺を「虐殺」というのは扇情的にすぎるのではないか。凌遅処死とかでもあるまいに。「暗殺」というべきであろう。
チラシの主文、とでもいうべき文には「このクニの軍隊はすでに戦地に駐留し、US軍による大量殺人の片棒をかついでいる。」とある。自衛隊が人殺しのてつだいをしているとはツユ知りませんでした。そうまでいうのなら、具体例をあげてほしいものです。自衛隊のイラク派遣に反対するのは勝手だが(粗忽亭ももろてをあげて賛成、というわけでは決してない)、事実と言いがたいことを書くのはいかがなものか。このあたりのデマまじりの論法から極左暴力集団のチラシを思い出してしまったのだ。
さらに「いっぽうメディアは、本質的に何の意味もない千代田城の跡取り問題にあれやこれやと首を突っ込み、有害無益な『制度』ひとつ無くす議論さえおこせないでいる」ときたもんだ。
天皇制を有害無益というのが既定の結論のごとくに書いているが、それは自分たちがそう思っているだけではないのか。国民の大多数が天皇制を支持している現実をどうとらえているのか。そういう連中は無知蒙昧なやからだ、というのか、はたまた反動分子だ、というのか、右翼勢力に洗脳されている、とでもいうのか。極左の連中は自分たちと意見を同じくしないものをつねにそういうことばで切り捨てようとする。そういうやからが「われこそは民主主義者だ、民衆主義者だ」とほざくのだから虫唾が走る。
天皇制が非合理な制度であることを否定する者はあまりいないだろうが、非合理であることと有害無益であることは等価ではない。いくら非合理であろうと「歴史」や「伝統」というものをせおうと、それがむしろ必要であることもあるのだ。(※2)
たとえば日本語の表記に、本来支那語を表記するための漢字をつかうのはきわめて非合理なことだ。漢字は支那語を書きあらわすにはたいへんすぐれた文字だが、日本語には向いていない。「行」という文字が「いく」「おこなう」「こう」「ぎょう」などいくつもの読みをもってしまうのは(それ以外の字も大抵「音」「訓」のふたつの読みがあるのは)その例だ。「コーギョーをいとなむ」が工業なのか興行なのか興業なのか鉱業なのか航業なのか鋼業なのか区別がつかないのも同断(※3)。だからといって漢字は日本語に有害無益、とはもはや言えない。漢字を、廃止すればそこにあるのはよりふかい混乱だ。そういうことを考えたうえで「有害無益」といいきっているのだろうか。
このての連中はだいたいにおいて歴史や伝統というものの力を不当に軽視している。もしくは歴史や伝統の理解が浅薄だ。「『制度』ひとつ」と書いているが、天皇制か、彼らが想定しているであろう共和制かというのは国家の根本問題だ。「ひとつ」などというかるがるしいものではない。
第一、天皇制を廃止すれば、わが国は論理的にいって「日本」という国ではなくなるのだがそんなことは考えたこともなかろう。(※4)
というわけで、その独善性、デマゴギー、強引な理論展開、大衆蔑視ともいうべき高慢さをこのチラシから感じてしまい、ああ、学生時代にさんざん目にした極左のチラシのようだ、と思ってしまったのだ。

(※1)国粋会はもともとは政友会政府が任侠系の団体を糾合してつくった右翼団体だが、戦後解散させられ、現在はまったくの暴力団である。
(※2)粗忽亭は伝統を尊重する立場から尊王論者だが、国民の大多数が天皇制は不要だ、廃止すべきだというのなら、それはそれでかまわないと思っている。
(※3)このへんのことはくわしくは高島俊男先生の「漢字と日本人」(文春新書)などを参照してください。
(※4)漢土において李皇朝の国家が唐、朱皇朝の国家が明、愛親覚羅皇朝の国家が清、であるのと同じこと。それらの皇朝がかわるとまったく別の国になる(易姓革命)。愛親覚羅朝が廃されて共和制になると「清共和国」ではなく「中華民国」とまったく別の国号になったのもおなじ理由。よって、わが国が共和制になったとして、その国を「日本共和国」などとするのは論理的にはおかしい、ということになる。「中華」の伝で「まほろば共和国」とでもするんでしょうかね。

1月31日 林栄一・大熊ワタル・内橋和久・吉田達也 at MANDA-LA2

19時5分ごろ着。先客まだ数人。前売りや予約ありで、優先入場制だったし、おもしろそうな顔ぶれなので、もうちょっと入っているかと思ったのだが。おかげで一番前のテーブルにつくことができた。開演までには6・7割の入り。
開演まちのあいだにチラシに目を通す。そのなかに「どんな銃口もひとつの思念を消すことができない」というイベントのチラシあり。なんか学生時代にさんざん目にした極左暴力集団のチラシを思い出してしまった。それについてここに書こうかと思ったのだが、全体のバランスを失するので、別項に書こう。
19時47分開演。譜面があるので、フリーインプロではないらしい。26分+17分の2曲で休憩。休憩は35分。
後半は11分+5分+9分とみじかめ3曲のあと、20分1曲。アンコール4分。アンコールのとき、吉田さんの手をすっぽ抜けたスティックが筆者の目の前まで飛んできた。21時55分終了。
この顔ぶれならさもあらん、というようなハードで激しく、音の大きな演奏。そういや大熊さん以外は先日の厚生年金会館2daysの出演者だが、やっぱり「いわゆるジャズ」ではないなあ。勿論筆者はこういうような方が好み。客席の反応も上々だった。

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