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いまさらながら、吾妻ひでお「失踪日記」について

3月26日、予想よりも随分はやく、Amazonから「失踪日記」が届いた。よって、この本のことについて書く。なんで1ヶ月もたってから、といわれそうだが、まあその、いそがしかったのだ。3月17日付の記事の段階で、すでにたいへんな話題になっていたのだが、この1ヶ月でスタンピード現象ともいうべき勢いで、さらにひろがっている。google検索のヒット数も約217,000件と3倍になっている。新聞にも私の知るかぎりで全国紙3紙(朝日、讀賣、産経)とブロック紙1紙(北海道)で取り上げられた。活字本ならともかく、漫画でこれだけ多くの新聞に取り上げられるということはめずらしい。
これだけ話題になっているので、私があらたに書くことは実はあまりない。であるから、ここからの内容は既存の報道、ブログ等とほとんど重なる。よって、すでにそういうものを読まれた方にはここから先は読む価値はほとんどない。
にもかかわらず、いまごろになってなぜ、書くのかといえば、それは私には書く義務があると思うからだ。なにゆえ書く義務があるのかというのは、3月17日付の記事を読んでいただければ、わかっていただける思う。
さて、その記事のなかで、私は大変月並で陳腐なことを書いた。「吾妻先生というのはまぎれもなく天才だ。」と。だが、「失踪日記」を読みおわっての感想というのはやはり、「吾妻先生というのはまぎれもなく天才だ。」であった。いかに月並で陳腐であろうと、私はこの言葉を繰り返さざるをえない。
ホームレス体験や、アルコール依存症での強制入院など、普通ならふりかえるのにどうしても感情が先にたってしまうこと、いや、並の人間ならふりかえることすら容易にはできかねることを、ストイックなまでに淡々と描き、すべて実話でありながらそれをギャグにまで昇華させる、そのようなことができる人間に対して、私のボキャブラリーでは天才以外の表現を思いつかない。吾妻先生自身、巻末のとり・みき氏との対談で「自分を第三者の視点で見るのは、お笑いの基本ですからね。」と述べておられるが、それがいかにむずかしいことかは多言を要するまでもないだろう。ましてやこのような極限体験においては。
この本は、いまやほとんど滅びてしまった私小説という分野の、まさに正当な後継者と位置づけられる資格がある。いや、みずからの体験をギャグにまで昇華させるということは、リアリズムにこだわる私小説ではなしえなかったことだ。それをなしえたこの作品は、私小説をこえた唯一無二の世界を切り拓いた、と言ったほうが適切だろう。SFファンであり、かつ太宰治や葛西善蔵も好きであるという吾妻先生にしてはじめて可能であったこと、なのかもしれない。
作中で語られるひとつひとつのエピソードについては、長年のファンである私にとっては既知のことも少なくない。それでもおもしろく読めた──届いたその日に3回ほどくりかえして読んでしまい、その後も数回読み返した──というのは、単なる「こんなことがあったのか」的な興味ではなく、漫画作品としての完成度の高さのひとつの傍証であろう。
新聞の書評や、各種ブログ記事などでは、タイトルどおり失踪中の話(「夜を歩く」「街を歩く」)に対する評価が高いが、私はそれ以上に「アル中病棟」の方がおもしろかった。これは、失踪、ホームレス生活というのは、いわばみずからが選択したことであり、その気になればいつでも家に帰れたのに対して、アルコール依存症、強制入院の方はみずからが望んだことではなく、3箇月の治療プログラムがおわるまでは帰ることもできないという点で、より一層の極限状況であるからだろう。「アル中病棟」では、その最初の1箇月が描かれているだけなので、そのあとの2箇月の部分も是非読みたい。早く読みたい、とはいわない。マイペースで、ゆっくりでいいので、いつの日か執筆、出版してくれることを心より望む。
ところで余談だが、この本の帯の推薦文は菊地成孔氏。意外な人が読んでいるものだ。妙なところで変態音楽とつながってしまった。でも、この本の読者で成孔氏を知っている人は何割ぐらいいるのだろうか。兄の秀行氏ならかなりの割合で知っているだろうが。

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