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2005年4月に作成された記事

3月31日 Bobby4 at 新宿Pit Inn

予約してあったのだが、その後、期末会兼送別会(@社内会議室)が入ってしまったので、開場には間に合わない。開演に間に合わせるべく、期末会兼送別会終了後、あとかたづけもそこそこにかけつける。そのかいあって、20時2分ぐらい前にすべりこみ。
客は50人ぐらいか。なかなかの入り。3列目に空席を見つけてすわる。1・2列目にも空席はあったけど、ここがすわりやすかったので。
ステージ上にはモニターなし、で、真ん中にマイクが1本、立っている。ライブレコーディングするのだろうか。
20時5分、メンバー登場。といっても、Bobby4だけじゃ、どういうユニットかさっぱりわからんな。芳垣安洋(ds,voice)、鈴木正人(wb)、青木タイセイ(tb,笛)、津上健太(as,ss)というユニットです。
出てくるなり芳垣が「えー、だれがBobbyなんでしょう?やっぱり僕なんでしょうね。」なにも考えずにつけたユニット名らしい。
1曲目、「Little Wing」(ジミ・ヘンドリクス)。16分。
2曲目、曲名不明(芳垣さんも知らない。調べればわかるだろうけど、余裕ないので勘弁してください)(ドン・チェリー)。10分。
3曲目、「Re-Baptizum」(芳垣)。9分。
4曲目、「コルトレーンで有名な」と前置きして「Every Time We Say Goodbye」(コール・ポーター)。5分。
ここで「途中にバラードを入れるという、ジャズバンドの常套手段をやります。バラードといっても、できるのは1曲しかありません。バラードみたいな曲です。」とMCがあって、「Little Umbrellas」(フランク・ザッパ)。9分。
6曲目、「平和に生きる権利」(ビクトル・ハラ)。13分。後半のドラムソロがすばらしい。ここで休憩。21時11分。
30分弱休憩。
後半1曲目は「Emergency! Walkin'」(芳垣)。14分。
2曲目は「“魚鳥”とフンデルトヴァッサーの家」(芳垣)。演奏に入る前に曲想の解説。「この曲は土人とキング・クリムゾンをテーマに……。」 津上が「なんてこと言うんだ。放送禁止用語ですよ。」 芳垣がふたたび「土人と……」と言いかけると、津上がそれにかぶせて「ピー」。11分。
3曲目、芳垣が「このメンバーの中では一番曲を書いてお金をもうけている鈴木君の曲です。」とMCして「ROMA」。UAのひとつ前のアルバムに入っている曲で、タイトルもUAが付けたそうだ。11分。
4曲目は「At Last I Am Free」。14分。
5曲目「愛の歌」15分で2nd set終了。
アンコールで「TOLEDO」(エルビス・コステロ&バート・バカラック)。7分。終了は22時58分。
ジャズ・スタンダードにロック、オリジナルを交えながらも、全体としてはジャズ以外の何物でもないという印象のステージ。これはやはり、芳垣さんの原点がジャズであるからだろう。また、機会があればやるらしいので、次回にも期待。
帰途、自宅ちかくのコンビニで「サクラ大戦 帝国歌劇団・花組 2005年新春歌謡ショウ 笑え!花組 DVD BOX」を受け取る。コンビニのにーちゃんがえらくもたついていて、随分時間がかかってしまった。そういえば予約時ももたついていたなあ。
この日、びんちょうタン トレーディングフィギュア 10個入り1BOX落札。

浅野健一同志社大学教授ってスゴい!

昨日配信されてきた「サイバッチ!」に浅野教授が朝鮮総連の機関紙に寄稿した記事のリンクがのっていたが、いやー、この内容がすごい。あんまりモノスゴイので、そのまま転載しておく。(はじめのいくつかはリンク切れているけど)

2005/02/25 品格あった朝鮮代表
 http://210.145.168.243/sinboj/j-2005/05/0505j0225-00001.htm
2005/02/21 共謀して歴史を偽造
 http://210.145.168.243/sinboj/j-2005/05/0505j0221-00001.htm
2005/01/22 歴史をねつ造したのは安倍氏らではないか
 http://210.145.168.243/sinboj/j-2005/05/0505j0122-00002.htm
2004/12/11 エスカレートする朝鮮の体制非難
 http://210.145.168.243/sinboj/j-2004/05/0405j1211-00002.htm
2004/11/11 権力監視機能を果たさないメディア
 http://210.145.168.243/sinboj/j-2004/05/0405j1111-00002.htm
2004/10/07 日朝正常化を妨害し続ける朝日資本
 http://210.145.168.243/sinboj/j-2004/05/0405j1007-00002.htm
2004/08/02 情緒的過ぎる日本メディアの拉致被害者報道
 http://210.145.168.243/sinboj/j-2004/05/0405j0802-00001.htm
2004/07/03 60年、92年、00年…6月15日の出来事
 http://210.145.168.243/sinboj/j-2004/05/0405j0703-00004.htm
2004/06/11 日朝正常化を妨害する悪質なメディア
 http://210.145.168.243/sinboj/j-2004/05/0405j0611-00001.htm
2004/05/12 予断と偏見に満ちた朝日新聞報道
 http://210.145.168.243/sinboj/j-2004/05/0405j0512-00001.htm
2004/04/06 「経済制裁」を正当化する朝日新聞
 http://210.145.168.243/sinboj/j-2004/05/0405j0406-00002.htm

ね、すごいでしょ。目がすべっちゃって、とてもじっくりは読めなかったけど。
同志社だって私学助成金を受けているんだから、浅野教授の給料や研究費の一部は税金でまかなわれているわけだ。そう考えると、なんともはや。
もちろん、わが国は浅野教授の大好きな某国とはちがって、言論の自由がありますから、こういった発言を封殺しようとは思いません。それにしてもこんな妄言を垂れ流しても有力大学の教授をやっていられるんだから、つくづく日本はいい国だなあ。

3月28日彼岸の此岸Trio+鬼怒無月 at 音や金時

19時25分ごろ着。この段階で7割ぐらいの入り。開演までにはほぼ満席。30人ぐらいか。あまりの盛況のためか、オーダーしたラムカレーがなかなか出てこない。いつもなら10分もすれば出てきて、たいていは開演までに食べおわるのだが。もしや忘れられているのではないかと、不安になってくる。
カレーが出てこないまま、19時52分ごろ、吉野と鬼怒がステージ(と言っていいのだろうか。特に段差があるわけでもないし)へ。なんかうちあわせをしている。2分ほどしてから太田と吉見が登場。さらに2分ほどしてから、演奏がはじまる。
1曲目「ベントシャラビーア」(アラビア民謡)。アラビアの娘、というような意味らしい。むかし、日本でもカバー曲が出たこともあるそうだ。11分。
メンバー紹介を3分ほど。
2曲目、「モズキュース」(太田)。9分。この演奏中にやっとカレーが出てくる。オーダーから50分ぐらいたっているか。まあ、食べながらきけばいいだけなので、別に問題はない。忘れられていなくてよかった。
3曲目、「舟の丘」(吉野)。14分。
4曲目は吉見の曲だったと思うが、タイトルを出し惜しみ?して言わず。14分。
5曲目、「フン ヘイファー」だかなんだか。アイヌの掛け声だそうだ。9分。
ここで1st set終了。21時2分。
21時35分ごろ、吉野、太田、吉見の3人が出てくるが、太田はすぐに下がる。MCのあと、吉野・吉見デュオで「半分の月」(吉野)。4分。
つづいて、今度は吉野・鬼怒デュオで1曲(タイトル聞き取れず)。8分。
つぎに全員で。曲名はよく聞き取れず。16分。鬼怒はめずらしくマンドリンを演奏。ギターのみならず、マンドリンも絶品。出演者間で「マンドリンが良い。」「マンドリンが入ってこの曲が完成した。」「教則本で練習してきましたから。」などと会話。
後半4曲目、坂田明の坂田トリオ時代の曲「ダンス」。9分。
5曲目、「ミシュラ パ ハディ」(タイトル聞き取りに自信なし。吉見)。12分。
6曲目、「竹」(吉野だったと思う)。11分。
で、2nd set終了。22時52分。
アンコールに「はるかな土地の蜃気楼」。内モンゴルのダリガンガ族の曲だそうだ。美しい曲。8分。
なかなか聴く機会にめぐまれなかった彼岸の此岸Trioをはじめて聴けた。鬼怒はゲストとはいえ、準レギュラーともいうべき存在で、3人との息もぴったり。それぞれのメンバーとは別のユニットでの共演も多いので、なおのことだろう。

いまさらながら、吾妻ひでお「失踪日記」について

3月26日、予想よりも随分はやく、Amazonから「失踪日記」が届いた。よって、この本のことについて書く。なんで1ヶ月もたってから、といわれそうだが、まあその、いそがしかったのだ。3月17日付の記事の段階で、すでにたいへんな話題になっていたのだが、この1ヶ月でスタンピード現象ともいうべき勢いで、さらにひろがっている。google検索のヒット数も約217,000件と3倍になっている。新聞にも私の知るかぎりで全国紙3紙(朝日、讀賣、産経)とブロック紙1紙(北海道)で取り上げられた。活字本ならともかく、漫画でこれだけ多くの新聞に取り上げられるということはめずらしい。
これだけ話題になっているので、私があらたに書くことは実はあまりない。であるから、ここからの内容は既存の報道、ブログ等とほとんど重なる。よって、すでにそういうものを読まれた方にはここから先は読む価値はほとんどない。
にもかかわらず、いまごろになってなぜ、書くのかといえば、それは私には書く義務があると思うからだ。なにゆえ書く義務があるのかというのは、3月17日付の記事を読んでいただければ、わかっていただける思う。
さて、その記事のなかで、私は大変月並で陳腐なことを書いた。「吾妻先生というのはまぎれもなく天才だ。」と。だが、「失踪日記」を読みおわっての感想というのはやはり、「吾妻先生というのはまぎれもなく天才だ。」であった。いかに月並で陳腐であろうと、私はこの言葉を繰り返さざるをえない。
ホームレス体験や、アルコール依存症での強制入院など、普通ならふりかえるのにどうしても感情が先にたってしまうこと、いや、並の人間ならふりかえることすら容易にはできかねることを、ストイックなまでに淡々と描き、すべて実話でありながらそれをギャグにまで昇華させる、そのようなことができる人間に対して、私のボキャブラリーでは天才以外の表現を思いつかない。吾妻先生自身、巻末のとり・みき氏との対談で「自分を第三者の視点で見るのは、お笑いの基本ですからね。」と述べておられるが、それがいかにむずかしいことかは多言を要するまでもないだろう。ましてやこのような極限体験においては。
この本は、いまやほとんど滅びてしまった私小説という分野の、まさに正当な後継者と位置づけられる資格がある。いや、みずからの体験をギャグにまで昇華させるということは、リアリズムにこだわる私小説ではなしえなかったことだ。それをなしえたこの作品は、私小説をこえた唯一無二の世界を切り拓いた、と言ったほうが適切だろう。SFファンであり、かつ太宰治や葛西善蔵も好きであるという吾妻先生にしてはじめて可能であったこと、なのかもしれない。
作中で語られるひとつひとつのエピソードについては、長年のファンである私にとっては既知のことも少なくない。それでもおもしろく読めた──届いたその日に3回ほどくりかえして読んでしまい、その後も数回読み返した──というのは、単なる「こんなことがあったのか」的な興味ではなく、漫画作品としての完成度の高さのひとつの傍証であろう。
新聞の書評や、各種ブログ記事などでは、タイトルどおり失踪中の話(「夜を歩く」「街を歩く」)に対する評価が高いが、私はそれ以上に「アル中病棟」の方がおもしろかった。これは、失踪、ホームレス生活というのは、いわばみずからが選択したことであり、その気になればいつでも家に帰れたのに対して、アルコール依存症、強制入院の方はみずからが望んだことではなく、3箇月の治療プログラムがおわるまでは帰ることもできないという点で、より一層の極限状況であるからだろう。「アル中病棟」では、その最初の1箇月が描かれているだけなので、そのあとの2箇月の部分も是非読みたい。早く読みたい、とはいわない。マイペースで、ゆっくりでいいので、いつの日か執筆、出版してくれることを心より望む。
ところで余談だが、この本の帯の推薦文は菊地成孔氏。意外な人が読んでいるものだ。妙なところで変態音楽とつながってしまった。でも、この本の読者で成孔氏を知っている人は何割ぐらいいるのだろうか。兄の秀行氏ならかなりの割合で知っているだろうが。

3月25日Coil at 新宿Pit Inn

3分ほどおくれで開場。20人ぐらい。Coilにしてはさびしい。2列目にすわるが、1列目のSさんのとなりがあいているので、そちらに移動させてもらう。Sさんと能管一噌流についてのはなしなど。一番うしろに梅津さんと多田さんがきている。
20時6分開演。レコーディングを終えたため、いままで假題だった曲に正式タイトルがついたとのこと。
1曲目、「風は光る」あらため「Teal Eye」。10分。
2曲目、「A」あらため「No Mean City」。6分。ギター超光速で、聴いていておもわず笑ってしまう。筆者だけでなく、鬼怒さん本人も笑っていた。
3曲目、「ワイルド・ライフ」。9分。
4曲目、「アフロ」あらため「サンボ」。10分。このタイトル、大丈夫なのだだろうか。放送禁止用語だという説もあるのだが。(この日の記事参照)
5曲目、「アラブ・コイル」あらため「カミナンテ」。旅人、という意味だそうだ。ジェイムズ・ティプトリーJr.の小説からとったそうだ。7分。
20時49分と早めだが、休憩。休憩中に梅津さん、多田さん帰る。「おや、帰っちゃうんですか。」ときくと、「おなかすいちゃった。」とか。
21時18分、第2部開演。
1曲目、「プロディガル・ソング」。4分。
2曲目、早川さんの新曲。假題「哀愁のクアラルンプール」。マレーシアが帰りだから。特に哀愁な曲なわけではない。9分。
3曲目、「ACアフロ」あらため「グラスハープ」。これも小説のタイトルだそうだ。
4曲目、「サンド」。鬼怒さんいわく「ランド、て曲もあってまぎらわしいですね。」先ほどのサンボともまぎらわしいような気がする。3、4曲目あわせて23分。(メモの不備で各々の長さがわからない)
ここで宣伝コーナー。新譜は7月21日に出るとか。
5曲目、「ファンク」あらため「ミクトラン」。スペイン語だそうだが、意味は?
アンコールにおなじみ「スプーンフル」。10分。終了は22時32分。
帰るとき、ドアの横をふとみると、もう、4月のスケジュールが置いてある。異常に早いな。もらって帰る。巻頭の文章は山下洋輔さん。「ピットインにはジャズ・クラブの老舗という伝統と共に、実はマネジャーの眼鏡に適う面白いものなら何でもありという体質もあるのじゃよ。」とある。まさにそのとおりだと思う。おかげでジャズファンではない筆者が楽しめるプログラムが多いのだろう。「入れ替えの時期でピアノが2台になったときにマル・ウォルドロン先生とデュオをやったことがあるし」とあるが、あれ、このときは六本木Pit Innからわざわざ運んだんじゃなかったっけ。「マル・ウォルドロン&山下洋輔/ピアノ・デュオ・ライブ」のライナーノーツにはそうなっているが。
この日、沢渡朔「少女アリス」落札。

附記 タイトルはまたすこし変更になるそうだ。(鬼怒さん自身の公式BBSの書き込みより)

3月23日CHABO & UMEZU at 新宿Pit Inn

「梅津和時プチ大仕事2005」最終日。
19時15分ごろPit Innにつくと、開場まちの人がもう沢山。開場までには収拾がつかないぐらいの状態になる。
19時35分開場。椅子6列と、あとは立ち見。2列目にすわる。
20時3分、梅津が登場し、3分ほど前説のようなことをする。そのなかで、緊張しているというCHABOをさらにあおるようなことを。「なんといってもジャズの殿堂ですから。」など。
つづいて仲井戸“CHABO”麗市が登場。CHABOのギターにあわせて梅津が各種楽器をならす。その間、MCも。なんでも公開チューニングショーらしい。梅津の楽器はバスクラ、アルトサックス、ソプラノサックス、ティンホイッスルにくわえて、トロンボーンまで!しかも借り物ではなく、自分のものだとか。いろいろもっている人だなー。すがにトロンボーンはうまく音程がとれていない(あとの方でアドリブやったときはなんとなくそれっぽかったが)。そんなことを15分ほど。
それからデュオで「チョコレートのうた」。CHABOが紀ノ国屋でもらってきたチョコレートのカタログのコピーに曲をつけたもの。わらえる。CHABOいわく「この曲、もしCDに入れると、権利関係が大変だ。だれに作詞の印税をはらえばいいのか。」こーゆー曲をしゃべりをまじえながらとはいえ、8分もやるというのはすごいというか、なんというか。
つぎにヴァン・モリソンの曲(曲名不知)を1曲。梅津はティンホイッスルを演奏。
ここで早川岳晴と河村“カースケ”智康が登場。アルタンの「ふくろう」を。河村はギターをひきながらバスドラやハイハットをならすという荒業を披露。梅津はまたもティンホイッスル。
「男もつらいよ」、「ホーボーへ」とつづけたあと、ザ・バンドの「トワイライト」。途中に夕焼け小焼けつき。
つぎに、スリム・ゲイラートの「ポイップ・ポイップ」のカバーで「ポイポイ」。Pit Innでポイポイというと、なんか不破大輔さんを想いおこしてしまうなー。
つづいて「マイ・フェア・レディー」から「運が良けりゃ」。この曲はリハなしだったそうだ。
そのあとは「新宿組曲」と称して、CHABOの生まれ育ったまちでもある新宿にちなんだ曲を。まず、「ホームタウン」。つぎにリチャード&リンダ・トンプソンの「I Want to See the Bright Light City」。
つづいてキンクスの「アルコール」を鮎川誠のまねをまじえて。
つぎがトム・ウェイツの「In the Neighborhood」。詞は今はなき新宿コタニや、そこで買ったレコードのことなど。曲がおわると早川が「コタニの店長は俺の同級生の父親だった。」と。CHABOが「なんでもっと前に教えてくれなかったんだ。レコード、割引で買えたのに。」 早川「歌詞(事前に)聞いてなかったよ。」
それからポエトリー・リーディング「太陽に歌って」。12分ほどと結構長い。
次にヴァン・モリソンの「キャラバン」。詞は映画自動車のおもいでになっていた。映画自動車とは、上映設備のついたバスで、そのバスのなかで映画を上映するものだそうだ。車内でやるわけで、屋外映画(これなら筆者にも記憶がある)ともちがう。CHABOの同世代の人でも、知っている人といない人がいるそうで、来た地域と来ない地域があったらしい。梅津の故郷、仙台にはあったそうだ。まったく忘れていたけど、CHABOのはなしを聞いておもいだした、とか。しかし仙台はまだしも、新宿のように近くに映画館にこと欠かない地域にもそういうのが巡回してきたとは、意外な気もする。
それから「lainのテーマ」。CHABOが書いたアニメ音楽だとか。そういう仕事もあるんだね。そういえば、梅津も「ワイルドセブン」をやっている。対抗してそこから1曲、とかやると面白かったのに。
「lainのテーマ」とつづけるようにして「ヒッピー・ヒッピー・シェイク」。早川のソロが絶品。CHABOのボーヤにタンバリンを持たせてステージにひっぱり上げたり、梅津やCHABOが客席に出てきたり、RCのごときカラミを見せたり(本来は清志郎&梅津)ノリまくり。ここまでが「新宿組曲」だったと思う(なにしろだいぶたってしまったので、記憶が……)。
そして、「ガルシアの風」。早川と河村がさがって、デュオで「久遠」。これで本編終了。22時52分。
アンコール。「メンバー紹介ブルース」、「Fox-trot」、「早く帰りたい」、「働き蜂」。早川、河村がさがって、ふたりで終わりの挨拶をしているうちに梅津が「さて、あと1曲になってしまいました。」と言いだして、もう1曲やることに。デュオで「Hobo's Lullaby」。梅津はアコーディオンを演奏。
最後の最後に、梅津が「実は今年は8月にもプチ大仕事をやります。」とアナウンスして、終了。23時30分。いやー、長くなるとは思ったが、ここまでとは。23時15分ごろまでかと予想していたのだが、もっと長かった。勿論、休憩なしなので、3時間半ぶっ続け、である。
今日、つくづく感じたのはCHABOは詩人だな、ということ。いまさらではあるが、再認識させられた、ということだ。
梅津さん、早川さん、早川夫人、大河画伯、多田さんらに挨拶してかえる。当然、終電。ああしんど。

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