江戸が都だつて、阿保か

19日附の朝日新聞東京B面「ぶらり ふらり」は「江東・ベイエリア 夢の島:上 観光地構想が一転、ごみ処理場に/東京都」。内容は、夢の島の歴史みたいなもの。しかしこの記事中に見逃せない記述あり。

徳川幕府が江戸に都を移して以来、ごみの埋め立て地として長くその役割を果たしてきたのが、江東区の湾岸地域、現在のベイエリアだ。

阿保か。徳川幕府がいつ江戸に都を移した。延暦13年、平安遷都後、治承4年に半年ほど福原に移つた期間を除けば、慶應4年(明治元年)の東京奠都までずつと京都が都だつた。(建前上は奠都後も東京・京都の兩京制)何ゆゑ京都を「千年の都」といふと思つてゐるのだらう。

毎度申し上げるとほり、こんな記事を書く記者の無知にもあきれるが、校閲部のザルつぷりにはそれ以上にあきれる。高い給料をもらつてゐるのだから、ちやんと仕事をしろ、と言ひたい。

寶くじが1枚たりない

ハロウィンジャンボ寶くじをバラで30枚買ひました。で、今日になつて當たり番號を調べてゐたら、10枚入りの袋の一つが9枚しか入つてゐない!いやー、びつくり。袋には「お買い求めの宝くじ券(中略)は、(中略)必ずその場でご確認ください!」と書いてあるけど、普通買つたその場で袋を開けて確認したりしないよね。こんなこともあるんだなあ。
しかも入つてゐなかつた1枚が末等の下一桁4、の札でした。そんなわけで30枚買つてあたりが末等2枚といふとてもめづらしい結果になつてしまひました。
とりあへず一言。「300圓返せ〜〜!」

 

 

吾妻ひでお先生、逝去

實質開店休業状態の當日乘だが、やはりこれだけは書いておかなければならない。
すでに報道されてゐることだが、10月13日に吾妻ひでお先生が逝去された。鬪病中だつた食道癌によるものだつた。
なぜ書いておかなければならないのか。くはしくは當日乘の「カテゴリー」の「アニメ・コミック」内の記事を讀んでいただきたいが、早い話が私の人生に尤も影響を與へた人、それが吾妻先生だからだ。
私の大學時代の生活は、吾妻先生を中心に囘つてゐた。いつも吾妻漫畫のことばかり考へてゐたし、ファンクラブでの活動が自分の中で大きな比率を占めてゐた。
そのことをいまさら書くことはしないけれど、思へばそこで知り合つた人たちの中にもすでに鬼籍に入つた人が何人もゐる。9年前にMN(舊姓MH)さん、昨年は後藤修一さん、今年2月には我が妻である舊姓ES。そしてとうとう吾妻先生も。時の流れといふものは本當に殘酷だ。
先生の訃報は一昨日に流れたのだが、私が知つたのは一日遲れて昨日。朝、目が醒めてネットを覗いてゐたら、目に飛び込んできた。おかげで昨日は關聯のtogetterとかを片つ端から見たりしてつぶれてしまつた。
5ちやんねるとかでは當然のごとく「よく知らない人」とか「誰?」とか「一発屋」とか、なぜかホラー漫畫家と間違つてゐる人とかいつぱいいたけれど。
思へば吾妻ひでお(以下敬稱略)は不思議な漫畫家だ。もともとは漫畫王、少年チャンピオン系のメジャー漫畫家で、「ふたりと5人」は當時チャンピオンの準看板作品でもあつたのだが、これは特筆すべき作品ではない。
しかし、メジャーからマイナーへ移行してからの諸作品は不條理ギャグ漫畫の元祖であつたり、ひたすらシュールレアリズムな作品であつたり、美少女漫畫の創始者(と言つて良いと思ふ)で、萌えの源流であつたり、ひいてはkawaii文化の一つの源流とも言へたり、えすえふギャグの泰斗であつたり、吾妻ひでおなくしては漫畫史を語れない存在となつてしまつた。マイナー漫畫家でありながら漫畫シーンに多大な影響を與へた人、といふ點ではつげ義春に比肩すべき存在かもしれない。さつきの「誰?」とか言つてゐる人たちも、あなた方が讀んでゐる漫畫やライトノベルつて、そのほとんどが直接間接に吾妻ひでおの影響を受けてゐるのですよ。
ところで「失踪日記」が代表作あつかひされることに不滿を述べる人あり、初期作品ではなく後期作品が代表作に舉げられるといふことは長くにわたつて活躍した證據であるといふ人もあり。後者の意見はもつともで、大昔の作品しか舉げられないよりは良いことかもしれない。だけど、「失踪日記」だけを舉げられることの違和感はやはり持たざるを得ない。「やけくそ天使」でも「スクラップ學園」でも「不条理日記」でも「どーでもいんなーすぺーす」でも「メチルメタフィジーク」でも「ななこSOS」でもなんでも良いから、「あの時代」の吾妻作品も舉げてほしいよね。だつて、たとへば堀内孝雄を紹介するのに單に「演歌歌手」と言はれたら、いや、今の主なフィールドは演歌・歌謠曲だけど、アリス時代を無視するな、と言ひたくなるでしよ。
ああ、なんか全然まとまらないなあ。まあいいや。とにかく吾妻先生の死を日乘に記すことができれば。
それにしても吾妻ファンの同志でもあつた妻の死と合はせて、今年は確實に私にとつて一つの時代が終はつた年になつたと言はざるを得ない。ひたぶるに物悲し。

すかいらーくグループも先行きが心配だ

先日(と言つても1年以上まへになるが)大戸屋の劣化について書いたが、今日はガストのそれについて。
昨日午後9時頃、夕食のため某驛東口のガストに入る。入口近くに「今の時間帶はお好きなお席へどうぞ」といふ趣旨の掲示がある。ざつと見囘したところ、わりとすいてゐるので、なるほどと思ひながら席をさがす。しかしどの空席もテーブルが片附けられてゐない。まへの客の食べ終へた皿がそのままになつてゐる。1席2席が片附けられてゐないのならともかく、十數席もそんな状態といふのはどういふことだらう。お好きな席もなにもすわるところがないぢやないか。
テーブルをよく見ながら店内を2周してやつと片附いてゐる席を見つけた。空席の有無も問題だが、いつまでも皿を片附けないのはたいへんみつともないと思ふのだが。
料理とAセットを注文。ガストはお冷はドリンクバーに自分で汲みに行くことになつてゐる。ところがアイスビン内に氷があまりない。きちんとした角氷はまつたくなく、クラッシュドアイスのやうなこまかいやつが底の方にすこし。氷スコップで何度かすくつてやつと必要量が入る。
料理が來る。Aセットのスープはこれまたドリンクバーの向かひに置いてある寸胴鍋から自分で汲むことになつてゐる。寸胴鍋のふたを開けてびつくり、スープがほとんど入つてゐない。先ほどの氷よりもひどい。おたまで十數囘、こそげるやうにすくつてやつとカップ半分ほど入る。なーにがAセットのスープはおかはり自由だ。おかはりどころか一杯目がないぢやないか。ひどいものだ。
閉店時間が近かつたのかな、と思つたが(それでもひどい)、あとで確認すると24時までやつてゐるのだから、何をか言はんやである。この店、何箇月か前に何囘か來たときはもつとまともだつたやうな氣がするがなあ。
クレームを入れてやろうかと思つたが、私はそれほど親切ぢやない。實は1週間ほど前、この驛の反對側にあるガストにも行つたのだが、こちらは氣分よく食事ができた。もしまたガストでなにか食べたくなつたら、こちらに行けばよい。わざわざ言ひたくもないクレームなどだれがつけてやるものか。
まあ皿の状況から考へても忙しかつたんだらうとは思ふが、客にセルフサービスをさせておいて、その氷やらスープやらがそもそもないといふのはどういふことだらう。こんな店が存在してゐるやうではすかいらーくグループの將來も明るくないかもしれない。

惡質タックル問題

例の日本大學のアメリカンフットボール部の問題で第三者委員會の中間報告が出たさうです。それでまたこの問題の報道がふえてきましたが、「惡質タックル問題」などと言はれてをりますね。
私などは惡質タックルがあるのなら、惡質ストロンガーとかもあるのかとかいらんことを考へてしまひます。
「惡質ストロンガーに注意! 怪人を退治してやるともちかけて金品をだまし取る惡質ストロンガーが出沒してゐますが、それらはすべて僞物です。假面ライダーは怪人退治に際して報酬を要求することはありません。」てな工合で。

「お里が知れる」と「先が見える」

いま、妻が「料理するのがこはいこはい」病にかかつてゐるので、夕食はもつぱら仕事がへりに外食です。
昨日はなんか牛タンが食ひたくなつたので、ひさしぶりに大戸屋へ行つた。「生姜醤油漬け炭火燒き牛たん定食」を食はうかと。
私のよく行く大戸屋はビルの4階にあるので、エレベーターに乘る。先に若いおにーちやんが一人乘つてをり、私のあとに若いおねーちやんが二人乘つてきた。
全員4階で降りる。4階には大戸屋しかないので、當然全員店に入る。
そのとき、三番目に乘つたおねーちやんがすつと一番に店に入り、ドアの内側にある順番待ちの名簿にごくナチュラルに自分の名前を一番に書く。
さういふ自分の行動になんの疑問もいだいてゐないらしい。エレベーターにあとに乘つた人が流れで先に入店することはあるだらうけど、普通の神經してゐたら先に乘つてゐた人に名前を書く順番をさり氣なくゆづるよね。一人分や二人分早くなつたつてどうつてことないんだし。かういふのをして「お里が知れる」と言ふんだらうなあ、と思つた。
さて、自分の番になり、席に案内される。テーブルに置いてあるメニュー(グランドメニューとは別におすすめとかのA4版ぐらゐのシートをパウチしてリングで閉ぢてあるもの)に「生姜醤油漬け炭火燒き牛たん定食」があるのを確認して注文。ところが「當店ではいま取り扱つてをりません。」よく見るとメニューシートの上にそのむねが書かれた小さなシールがはつてある。だつたら取り外しておけばいいのに、とも思つたが、裏面の品は有效だつたやうな氣もするので、まあ仕方がない。そもそも店舖限定メニューだし。しかしやつてゐないのならもつと目立つやうな大きいシールをはるとかしてほしいなあ。
次囘にでも頼まうと思つてゐた「いとより鯛の塩麹みりん漬け炭火焼き定食」を注文。さうしたら「品切れです。」オーダーを二つ續けてはじかれてさすがにあきれたよ。眞面目に商賣する氣あるのかな、と思つてしまつた。しかし、注文が品切れだつたとき、こちらがなんとなく申しわけないやうな氣がしてしまふのはなぜだ。
再々オーダーは似たところで「金目鯛の醤油麹漬け炭火焼き定食」にしようかとも思つたが、これもなかつたらさすがに自分の氣持ちがおさへられなくなりさうなので、確實にあるはずの「本日の魚の定食」(日替はり、3種あつた)よりカレイの鹽燒き定食を注文、無事夕食にありつくことができた。
しかしこれでまうしばらくは大戸屋にも來ることはないだらうな、と思つたのだが……。
そろそろ歸り支度を始めようとしてゐたとき、となりのテーブルの客がなんだつたかの定食を注文。御存じのやうに大戸屋では御飯は白米と五穀米をえらべて、大盛り無料。となりのテーブルの客は白米大盛りを注文。注文を受けたウェイターがしばらくするともどつてきて「いま、白米がありません。」つて……。となりの客は五穀米大盛りに變更してゐたけど(といふかせざるを得ない)、これには開いた口がふさがらなかつた。御飯がありません、つて、口が裂けても定食屋がいふ臺詞ぢやないでせう。定食屋の恥だとしか言ひやうがない。遲い時間だつたし、五穀米が切れてしまひました、ならわからなくもないけど(それでも十分恥づかしいと思ふが)基本中の基本の白米がないつて、それでよく店開けてゐられるな、と思つたよ。
ラストオーダーに時間も近づいてきてゐたので、御飯をあまらせないやうにとして豫測を誤つたのだらうけど、それでも炊け。白米のない定食屋なんて信用問題だらう。目先の損得にこだはりすぎて將來の大きな損失を生み出してどうする。もう商賣の基本がなつてゐないと言はざるを得ない。
實質創業者の死去後のお家騒動以來、大戸屋は業績不振ともいふが、かういふことに目配りができなくなつてきてゐるやうぢや、先は見えたかもしれない。少なくとも私の脚は大戸屋から大きく遠のくことにならう。

果たし合ひに出かける侍

の氣持ちださうです。はい、例の石原愼太郎元東京都知事の記者會見ですね。
それで肝腎の内容はといふと、「知らない」「わからない」の連發。そのうへ「私一人といふよりも行政全體の責任」「いまの混亂は豐洲移轉を止めてゐる小池現知事の責任」ださうです。たしか移轉決定當時は自分のリーダーシップで決定したやうなことをおっしゃってゐたやうに思ふのですが。つまりは「手柄はすべて俺のもの」「責任はすべて他人のもの」といふことですかね。
いやー、立派な侍ぶりですね。ここはひとつ、平田弘史先生にしかっていただきたい。
平田弘史先生の劇畫に出てくる侍ならば「それがしが任命した役人が進め、それがしが認可した案件。なんの申し開きやうもござらん。すべてはそれがしの責任でござる。この腹をかっさばいてお詫び申し上げる。」とか言って、切腹して果てる場面だと思ひますね。
侍の氣風のかけらもない人に侍を稱してほしくはありませんね。

最近のティガ(猫)

ほぼ3年ぶりに猫のはなしです。ってか、記事上げるのがそもそも1年4箇月ぶりですが。
わが家の大猫、ルートヴィヒ2世ことティガは體長(頭から尻尾の附け根まで)70センチメートル近くに見事に成長しましたが、昔ほどは人懐こくはなくなったやうです。
以前は人が來ると妻が抱いて出たことが多かったやうなのですが、最近はさういふことも少なくなったやうです。ま、抱くと重いせいもありますが。
ただ、先々月、ダスキンのお姉さん(參照)が來たときにひさしぶりに抱いて出たさうです。そのときにお姉さんに「わー、かっこよくなったねー。」と言はれたさうです。その日、私が歸宅すると妻が有頂天でその話をくりかへし、「もう名前も『かっこいい子ちゃん』にしちゃはうか。」とかうわ言を言ってをりました。
また、ダスキンのお姉さんが先月來たときには「私も仕事柄あちこちで猫を見ますけど、お世辭ぢゃなくこんなかっこいい猫、いませんよ。」と言ってくれたとか。まあ、からだが大きく、長毛がたてがみのやうで、キジトラ特有の精悍な貌をしてゐますからね。
それは良いのですが、妻はお姉さんに「ティガがかっこいいってお姉さんに言はれたって夫に言ったら大はしゃぎだった。」と言ったとか。大はしゃぎだったのはあんたでせうが。
さう言ったら「あなただって『かはいい猫はいっぱいゐても、かっこいい猫はさうはゐないからな。』とか言ってたぢゃないの。」とか言はれましたが、はしゃいぢゃゐませんよ。わが子がかっこいいとほめられてうれしくない親がどこにゐますかって話です。

ところで、私の毎日の朝食後の齒みがきのとき、ティガは大抵私のまはりをうろうろしてゐます。齒みがきが終はって着替えを取りに行くとついてくるのですが、その後着替えを持って戻らうとすると、このごろ私の脚に攻撃をしてくることが多くなりました。單にぢゃれついてゐるのではなく、爪を出してゐて明確に妨碍の意図があるやうです。
何なんでせうね。私の毎日のルーティンを見てゐて、かうやって出かけると夜まで歸ってこないことを理解してゐて、「パパ、行かないで。」とうったへてゐるのでせうか。
朝のこのとき以外はこんな行動は取らないので、さうとしか考へられないのですが。
おかげで今朝も出血沙汰でした。

朝日新聞の記者は引き算もできないのか

5月19日附朝日新聞東京本社版夕刊に「(京ものがたり)名取裕子、愛犬が眠る西寿寺 サクラの下で、ずっとそばに」といふ特輯記事がのってゐる。(村瀬伸也の署名つき記事)
その名取裕子さんの愛犬についてこのやうに書いてある。


 


 37歳の誕生日、ドラマのスタッフからもらった。(中略)
 別れは2012年6月。撮影で出かけている間に、預けていた動物病院で旅立った。16歳だった。(後略)


 


この記事に添へられてゐる名取さんのプロフィールにはかうある。


 


1957年、神奈川県横須賀市出身。(後略)


 


1957年生まれの人の37歳の誕生日といふと、1994年ですよね。愛犬が亡くなったのが2012年。2012-1994=18。
あれ、もらったのが生まれたばかりの仔犬だったとしても、18歳のはずですね。Wikipediaによると名取さんの誕生日は8月18日とのことなので、17歳9箇月と何日かの可能性はなくもありませんが、いづれにしろ16歳のはずはありません。
朝日新聞の記者さんは皆、一流大學御出身と思ってゐましたが、小學校低學年なみの引き算もできないのでせうか。
また、毎度申し上げることではありますが、記事になるまでにデスクや校閲など、何人もの人が目を通してゐるはずなのですが、だれも氣がつかなかったのでせうか。
まったくお粗末なお話です。

天聲人語の粗雜なくくりかた

本日附の朝日新聞天聲人語はドローンについてのはなしだが、次のやうに書きおこしてゐる。

古代ギリシャの大詩人アイスキュロスは変わった最期を遂げたらしい。

そして後半に次のごとき文がある。

冒頭の西洋文人のつながりで言えば(後略)

アイスキュロスとシェークスピアでは二千年もはなれた時代の人ではないか。これを西洋文人つながりといふことばでくくってしまってよいのか。おなじ古代ギリシャの文人をひくのならともかく。
逆の立場で考へてみよう。イギリス人に孔子のはなしにつづいて、同じ東洋の文人世阿彌によると、とか書かれたら、違和感ありまくりだらう。
朝日新聞では天聲人語の書き冩しを薦めてゐるが、こんな粗雜な文章を書き冩してどんなメリットがあるのか、わたしには理解不能である。

«それ、「マルチ商法」ぢゃないでせう

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